マッキー牧元の「つきじ治作」グルメレポ。非日常空間でいただく一子相伝の水炊きの味

グルメ界隈では、言わずと知れた食通・マッキー牧元さんが今回訪れたのは、築地駅、有楽町駅から徒歩約10分の「つきじ治作」。名物「水たき」は創業八十余年の長きにわたって愛され続けた一品です。マッキー牧元さんが、「つきじ治作」で感じた思いとは。

レストランに行く楽しみは……

レストランに行く楽しみは、非日常に触れることにある。
もちろんおいしいものを、食べに行くことが最大の目的だが、その料理もまた、普段出会えないものなら、さらに刺激のステージは上がる。
さらには、空間やサービスなど、様々な非日常が待ち構えている。
日常とは違う場に身を置いたとき、初めて心は華やぎ、安寧も呼ぶのではないだろうか。

年間700食も外食をして、日本中、世界中のレストランを食べ歩いてきた。
三つ星を始め、高級な店にも数多く訪れている。
つまり非日常には慣れているのだが、ここ「つきじ治作」に着き、門をくぐった瞬間に、圧倒された。

古木であしらえた門をくぐり、打ち水された石畳を歩く。
脇には名石が配され、窯を壊して取り出したという巨大な信楽焼きの土瓶が二つ置かれている。
「いらっしゃいませ」。
玄関を潜れば、中居さんたちに出迎えられる。
広間に上がれば、目の前は池を構えた庭で、約150匹の鯉が泳いでいる。

担当の中居さんに案内されて部屋に向かえば、廊下は畳敷きで、部屋に入れば、中からも庭が望め、鯉の姿に眼を細める。
銀座からわずかな場所にありながら、非日常の空間が広がっている。
座って静かな庭を眺めていると、都会の汗が剥がれ落ち、日常の速度が次第に緩んでいく。
創業八十余年となる「つきじ治作」には、現代では叶えることのできない、古き良き時代の瀟洒な贅沢が息づいている。
もうこれだけで、十二分なご馳走なのだが、さらに名物「水たき」をいただけば、幸せは増幅していく。

「水たき」の前には、箸付として、「焼き穴子と三つ葉のゴマ酢和え」、前菜3種盛りで「舌平目で巻いたホワイトアスパラ湯葉衣揚げ」、「真蛸の塩煮」、「島らっきょうの生ハム巻き」が、まず出された。
どれも出過ぎず小洒落ていて、食欲をくすぐる。

お造りは、桜鯛と煎った卵をふりかけた関鯖、マグロで、鯛に乗せられた透明な球体のバルサミコパールが面白い。

焼き物はイトヨリで、万願寺青唐辛子とそら豆が添えられる。

揚げ物は、アイナメ、行者ニンニク、こごみ、さつまいもである。

さあここで「水たき」が運ばれた。
なんでも「水たき」を作る料理人は、代々一人だけが担当し、その技は一子相伝なのだという。

白濁したスープを一口飲んで、やられた。
とろりと口に流れ込んで、深い滋味をゆっくりと広げていくのだが、後口がすっきりとしている。
てれんと、コラーゲンが舌を抱きしめるのだが、そこにはいやらしさが微塵もない。
スープに雑味が一切ないのである。
鶏肉の純粋だけを凝縮させて、淀みが一切ない。
だから飽くことがないばかりか、食欲をまた湧き上がらせるような勢いがある。
なんでも5時間炊くというのが重要なのだという。
だが単なる時間だけでなく、季節に合わせて火加減を調整し、炊き上がる様子を常に観察し、味わいのことわりをはかる眼力が必要なのに違いない。
専門の職人が、一心に目をこらしながら鶏肉を焚いている姿が目に浮かぶ。

鍋の中は、徳島阿波どりと北海道産小玉ねぎだけという潔さで、何を食べさせたいかわかっている。

ポン酢も強すぎずにほどがいいが、スープをレンゲに取り、そこに鶏肉を乗せて、スープと一緒に食べる食べ方が気に入った。
スープを飲み、鶏肉をふた切れ食べただけで、もう唇周りはゼラチン質が粘りついて、ペタペタである。
さあ次は、締めの雑炊をいただこう。

卵の量、塩加減共にピタリと決まった雑炊は、ご飯の甘みとコラーゲンの甘みが溶け合って、気分をまったりとさせる。

なにかこう、スープの滋養で体が溶けていくような感覚がある。
気持ちが、柔らかくなった。
池の鯉を見つめる自分の視線も、優しくなったような気がする。
贅沢とは何か。
「つきじ治作」には、まだ時間と気持ちにゆとりがあった時代の贅沢が、生きている。

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会席料理

つきじ治作

東京メトロ日比谷線 築地駅 3・4番出口から 徒歩8分

30,000円〜39,999円

アクセス
住所: 東京都中央区明石町14-19

マッキー牧元

「味の手帖」編集顧問。 国内、海外を問わず、年間700食ほど旺盛に食べ歩き、雑誌、テレビ、ラジオなどで妥協なき食情報を発信。近著に「超一流サッポロ一番の作り方」(ぴあ)がある。

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