インタビュー|

「エルバ ダ ナカヒガシ」中東俊文氏に聞く。東京・広尾で“山”を体感する一皿に舌鼓を

京都の日本料理店の中でも高い人気を誇っている「草喰 なかひがし」。店主の中東久雄氏の次男である中東俊文氏が、2016年1月に東京でイタリア料理店として「エルバ ダ ナカヒガシ」を構えたことは大きな話題となりました。広尾の地で中東氏が伝えたいお料理と思い、その情熱をインタビューいたしました。

山の幸が溶け込んだ毎日を過ごした少年は、イタリアへ行く

―少年時代は、どのように過ごされていましたか。

市場に仕入れに行く父について行ったりして、そのまま厨房に入り込んだりしていました。
料理人たちがせわしなく働いているのが面白くて見ていたら、「ちょっと海老を剥いてみて」とか「漬物を袋に入れておいて」とお手伝いをさせてくれて、それがすごく楽しかったですね。
そんなことを兄弟でやっていたら料理が好きになり、自然と料理人を志しました。

幼少の頃、外で猿蟹合戦の蟹の話を聞いた時に、家にあった北大路魯山人の器の本に載っていた、蟹が描かれたお皿を思い出していました。私にとっては絵本の代わりでしたね。
蟹ってこんな生き物なんだな、綺麗な料理と器だなと小さい頃から感じていたので、親から一度も料理人になれと言われたことはありませんでしたが、料理の世界に進んだのは必然だったと思います。

父の仕事が休みの日には野山を駆け回って山菜を摘み、バーベキューをしました。自分たちで採ったもので料理をするというのが、すごく楽しかったことをよく覚えています。自然と近隣の農家さんと仲良くなって、仕事を手伝ったりもしましたね。思えばこの頃からすでに、産地を訪れて食材を自分で知り、料理をする経験ができていました。

―イタリア料理に興味を持ったきっかけを教えてください。

中学校のテストが終わって早く帰宅した時があって、母がそれなら美味しいものでも食べに行こうと言って、京都御所近くの「カーサビアンカ」というイタリア料理店に行きました。その時に食べた料理が衝撃的に美味しく、コックコートでの仕事っぷりも格好よく見えて、料理人になるのなら自分もこんな風にやっていきたいと思いました。

そうしていくうちにイタリアに行きたいと思うようになって、アルバイトでお金を貯め始めました。父の仕事のお手伝いだけでは足らないので、ずっとやっていたサッカーの部活動を辞めて、新聞配達やガソリンスタンドの仕事もしました。

高校卒業後、すぐイタリアに行きました。半年間語学学校に入り、もう半年間でバックパッカーをしてイタリア中を歩き回ってから日本に帰り、料理人の修業をする予定でした。
語学学校に在籍中、神戸にあった有名フランス料理店のM氏がイタリアに移住してきていて、美味しいお店を何軒か予約しておいてくれないかと頼まれたのです。
イタリア語が板についてきた私を見て、その方から「イタリアで働いてみてもよいのではないか」と声をかけていただきました。それもそうだなと思い、バックパッカーの旅は自分が働きたいお店を探す旅になりました。

恵まれていたから気がつけなかったこと。「エルバ ダ ナカヒガシ」誕生へ向けての気づき

―先輩方から学んだことで、特に影響を受けたことを教えてください。

父や父方の祖母からは、料理に対する考え方の根底を教えてもらいました。またイタリアでお世話になったM氏からは「歯車の一つになるのではなく、いずれ歯車を回す人の気持ちになって精進するべし」と言われたのですが、今でも胸に深く刺さっています。玉葱のみじん切りを教えるにしても、ただ機械的に教えるのではなく、どういう意味があり、何を考えてすべきなのかを教えられるかということがとても大事だからです。

部下に対して、適切な接し方ができるようになってきたと思えるようになったのも、ここ最近のことです。できないことがあったら、できるようになるまで努力するのは当たり前だと思っていたので、できないという気持ちを理解してあげられませんでした。全員が全員、私と同じような情熱を持ち、海外で切り詰めた生活の中で研鑽を積んでいくのも苦にならない料理人ばかりではないのです。

私がストイックな気持ちでいられるのは、育った環境や素晴らしい人たちに出会えたおかげであるという発想が、抜けていたのです。それに気づいてから、ようやく物事を俯瞰で見られるようになりました。

帰国して京都や大阪のホテルのシェフに就任した時も、最初はなかなかうまくいかずストレスが溜まりました。今思うと、その時の状況や私の考え方をきちんと部下に伝えられていなかったので、それがすべて自分に跳ね返ってきていたのだと思います。料理を作る以外にも、生産者と交流し自分で食材を仕入れたことのない若い部下は、線ではなく断続的で点々とした理解しかなくても仕方がない。そういったことまで思いを巡らせて仕事をするべきでした。

―「エルバ ダ ナカヒガシ」開業までの経緯を教えてください。

東京を起点として新たな生産者とのネットワークを自分の力で作り、まだ出会えていないお客様に私の料理を出せたら楽しいと思いました。

東京で生きた鮎を手に入れたいと思い、あきる野市の漁師さんに連絡を取ったのをきっかけに、農家さんとも仲良くなれました。あきる野市の舘谷は、京都の大原と環境が似ており、良質の野菜が沢山栽培されています。今ではお店で使う野菜は、ほぼあきる野市の農家さんから仕入れたものを使っています。

―「エルバ ダ ナカヒガシ」が一番大事にしていることを教えてください。

テーブルの上で、“山”を表現したいと思っています。日本人の心の原風景は豊かな自然であり、我々はその佇まいにリラックスを覚える民族だと思いました。川魚を釣りに行ったり
山菜を摘んだりした時に、見上げた山の美しさ、包まれるような癒しを感じていただきたいです。

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中東俊文 プロフィール
京都府生まれ。
京都の名店「草喰なかひがし」の店主を父に持ち、幼少のころから料理人を志す。高校卒業後にイタリアに渡り、トスカーナ地方の名店など星付きのお店で経験を重ねる。帰国後、関西の高級ホテルなどを経て、東京に「erba da nakahigashi」をオープン。東京・広尾で“山”を体感する一皿の創出に努めるほか、後進の育成にも力をいれている。

【編集後記】
まずお客様に楽しんでいただきたい。そして、その後にゆっくり寛いでほしい。インタビュー中に、何度も身振り手振りを交えてお話しされる中東氏の姿が印象的でした。その目は好奇心に溢れ、いつも面白いことを探しているように見えるのですが、日本の食文化や環境問題にも造詣が深く、楽しいンタビューを行うことができました。広尾の美味しくて愉快な“山登り”へ、皆様もぜひ足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

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イタリア料理

エルバ ダ ナカヒガシ

東京メトロ日比谷線 広尾駅 徒歩8分

15,000円〜19,999円

アクセス
住所: 東京都港区西麻布4-4-16 NISHIAZABU4416 B1F

橋本 恭一

美味しいお酒とお料理を求め続ける 都内屈指の胃袋&肝臓フル回転系ライター。 和洋中ジャンル問わず、王道の古典料理から イノベーティブ系のお料理にどんなお酒が合うかを ひたすらに追い求めており、食前食後などのバーの 楽しみ方も皆様にお伝えしてまいります。
【MY CHOICE】
・さいきん行ったお店:Buca del Tappo/サエキ飯店/赤坂 らいもん/鮨 みうら
・好きなお店:日本料理 晴山/ラ クレリエール/私厨房 勇
・自分の会食で使うなら:くろ﨑/リストランテ ペガソ/Panacee
・得意ジャンル:フレンチ/イタリアン/バー
・好きな食材:サルミソース/真鱈の白子/生トリ貝

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