平塚「やき鳥 たかはし」髙橋浩史氏に聞く、素材を活かした串と季節の料理で美味を伝える焼鳥の醍醐味

平塚駅から徒歩約5分、神奈川の実力派と称される焼鳥の名店「やき鳥 たかはし」。店主の髙橋浩史氏に、厳選した素材を焼き上げる焼鳥と四季を感じる一品の工夫、ご自身のお店作りに対する思いについてお伺いしました。

焼鳥に魅せられたきっかけ

―料理人を目指したきっかけについてお聞かせ下さい。

実は最初から料理業界で働いていたわけではなかったんです。不動産の営業として、会社勤めをする中で“これからは職人の時代になるのでは”と思うようになりました。専門職を極めて、自分の道を切り開くことを視野に入れて仕事をしたくなったんですね。「衣食住」に関わる仕事で何かを極めたいと思うようになって、食べることが好きだったので23歳の頃に思い切って料理業界で挑戦してみようと思いました。

―営業から料理人への転身だったのですね。そこから焼鳥職人になるまでに、どんな変遷があったのでしょうか。

ステーキハウス、イタリアンと経験する中、焼く工程を極めたくなりました。当時から焼鳥が好きだったということもありますが、焼くという行為に特化したものも良いなと思うようになりました。
今では平塚の方が長いですが、僕は福岡生まれで、鶏料理の文化がとても濃い九州を巡ってみようかなと、旅をしながら食べ歩きをしたんですね。そのとき、福岡で展開する鶏料理のお店で食べた佐賀の「みつせ鶏」という赤鶏に魅せられました。焼鳥や水炊きなど鶏料理が主体のお店で、人を募集していたので働かせてもらうことになりました。福岡で数年働いて、東京・銀座店に異動し、店長を任されました。ただ銀座店は閉めることになってしまって。

このまま福岡に戻って仕事を続けるか、先に進むために新しい環境に移るか悩みました。そのときちょうど40歳で、一般的には独立する方も多い世代。先に進むためには東京で、何か良いきっかけがあればと思って、当時気になっていた麻布十番の「瀬尾」さんに食事に伺いました。そのとき、店主の瀬尾博之さんがご常連と採用の話をしていたんです。40歳くらいまでの人で採りたいけど、なかなか決まらないと。翌日すぐ電話をして面接に伺ったところ “あれ、君昨日来てたよね”と気づいてくださったんです。
自分のキャリアと年齢を話して先に進むために働きたいと言ったら、瀬尾さんが履歴書に目を通した後、図面を広げたんです。
“1年半後に「東京ステーションホテル」からのオファーで新店を出店する計画があって、一緒にやる気はあるか?”と。面接後、ぜひよろしくお願いしますとお伝えしました。

―「瀬尾」と言えば焼鳥の名店ですね。それまでに色々とキャリアは積まれていたかと思いますが……

(「焼鳥 瀬尾/東京ステーションホテル」)

「瀬尾」はコーススタイルで、お客様にはカウンター越しに焼鳥を提供するんですが、こういうスタイルは僕にとって初めてで、最初は洗いものなど下積みからのスタートとなりました。今までとは勝手が違い、全然役に立てずにいて、ちょっとへこんだ時期もありました。瀬尾さんも当時は辞めちゃうんじゃないかなと思っていたらしいです。でもそれを乗り越えて、最終的には「焼鳥 瀬尾/東京ステーションホテル」の料理長を任されました。瀬尾さんからは“5年はやってくれないか”と言われていたので約束を果たし、5年経った2016年に今のお店の話が来た感じです。

―平塚の地で独立を決めた理由は?

長く住んできた平塚に愛着もあり、自分の住んでいる街にちょっと良い焼鳥屋があってもいいのかなという気持ちが芽生え始めたんです。それは「東京ステーションホテル」で働いていたからかもしれないですね。全国各地、様々な場所からお客様がご来店される場所なので。お食事の最中に“こういうお店が自分の町にもあったらな”という声がよく聞こえてきたんです。
小田原や神奈川エリアからもお客様がいらっしゃるので、東京に出なくても、東京スタイルのコース仕立ての焼鳥屋があっても良いと強く感じました。

同業者は“客単価5,000円の焼鳥のコース?もう少し考えた方がいいよ”という反応で。
というのも、平塚にはかつて有名な焼鳥屋さんがあって、そのイメージが強いようです。でも今自分が思い描いているお店が無いからこそやりたい、という挑戦を貫きました。オープン時にもDM送付や告知を一切しなかったんです。告知をすれば最初はお客様が沢山来ますが、もしそのお客様をこなせなかったら、もう後がないって思っていたので。僕と全く経験のない女性スタッフ2人でのスタートでしたから、来たお客様1組1組を、まずしっかりもてなして、印象付けることが大事だと。
今、SNSや口コミサイトがあるじゃないですか。来たお客様に満足してもらって、人づての口コミを大切にしたかったので、宣伝を一切しなかったんです。

最初はお客様が全然来なくて、来たと思っても扉を開けたら入口に高級そうな飛び石が敷いてあるので閉められてしまう。席についても、コースでしか食べられないと知ると帰ってしまうお客様もいらっしゃいました。正直、毎日が不安に感じていました。オープンして1年ほどの記憶はあまり無いですね。
口コミが増えてきたきっかけは、月刊フリーマガジン「海の近く」の編集長の方がたまたまご来店され、焼鳥特集に掲載していただいたこと。
それまで平塚のお客様が中心でしたが、少しずつ茅ヶ崎や鎌倉、横浜、小田原などのお客様が増えてきました。僕の中では「海の近く」の皆さんがきっかけを作ってくれたな、と思っています。

平塚で魅せる、「やき鳥 たかはし」流の焼鳥

―今はいつも予約が埋まっていて、オープン時のエピソードはにわかには信じられないですが、改めてお店のコンセプトについてお聞かせください。

平塚で落ち着いた雰囲気の中、本格的な焼鳥のコースを堪能していただく。それと同時に、家族でも、気兼ねなく来られるような店にしたいと思っています。
今はこの店も単価的には1万円以上になるので、どちらかと言えば高級に近い方だと思うんですが、高級店になるほど子供連れがNGのところが多いんですよね。僕自身、息子が小さい頃、ベビーカーに乗せて嫁と美味しいものを食べに行きたくても、お店側から嫌がられることも多かったんです。なので家族連れもOKな店っていうのを考えていました。

また、気配り、おもてなしといった当たり前のことを当たり前にできること。この価格帯で美味しいのは当たり前なので、+αの付加価値として何ができるのか。僕だけでなくスタッフがどこまで気づけるかによって店の雰囲気や品格が出てくると思うので、そこまでできるようにスタッフの教育を心がけていますね。

―美味しい焼鳥を提供するために心がけていることについてもお聞かせください。仕入れは複数の鶏を使っていらっしゃるそうですね。

メインで使っているのは山梨の「信玄どり」と佐賀の「みつせ鶏」。部位によって使い分けています。そして「特選コース」では愛媛の「媛っこ地鶏」も使わせていただいています。焼鳥のサイズは大きすぎず小さすぎず、1本の体積を考えています。銀座の鶏料理屋と「瀬尾」で働かせてもらったときの経験の中で、より食べやすく変えている部分があります。

―店内のダクト設計にもこだわりがあり、6階の屋上まで通されているそうですね。

ダクトは「瀬尾」の形が良かったので自分も採り入れたかったんです。焼台の上についているお店が多いかと思いますが、初めて「瀬尾」で見たとき、理にかなっているなと思ったんです。

ダクトが上についていると煙がダイレクトに焼鳥につき燻されるので、食べていると途中で重くなってくるんですね。これは横に吸っていて程よく燻されるので、軽く食べられるというか、しつこくならない。昭和39年創業の六本木の「鳥長」さんがこのスタイルで、その系譜のお店では主流の形かと思います。ただ、施工は大変でした。ここは元々事務所でスケルトンになっていたので、まず自分で店の図面を平面で作り、模型にして大工さんにお願いしたんですが、ダクトを下から横に通したくても両隣が民家やビルで壁から通せなくて。大工さんから“もう屋上まで引っ張ろう”と提案され、壁を抜いて6階の屋上まで通しました。

コース全体を通して季節感を出す、さまざまな工夫

―一品料理にも定評があり、串もの以外にもとても手の込んだお料理を出されていますが、その理由をお聞かせください。

和食とかは魚料理などで季節感を出せますが、焼鳥だけだとどうしても季節感が出ないので、一品料理で旬の味を出すようにしています。

―季節の食材を取り入れるときに、メニューはどのように作られるのでしょうか。

メニューは今までの僕の料理の経験と、あとはひらめき。週初めには毎週豊洲や築地に行くんですが、移動中の車中で考えたり、本やテレビを見たときにヒントになるものを感じたり。どういう場面でも、これがあるならこうしてみよう、と自分なりにアレンジしてお客様に提供しています。

―コースを締めくくるご飯ものは、数種類から選べるそうですね。

今はカレーとそぼろ丼と卵かけご飯、スープかけご飯を用意しています。4種類あるのは、バリエーションがあると選べて楽しいじゃないですか。内容は時期で変えています。カレーとそぼろ丼と卵かけご飯は固定ですが、それ以外に「半田めん」にしたり、夏は冷たい麺だったり、ある時は土鍋を目の前で炊いて土鍋ご飯をお出ししたり。ちょっとずつサプライズを散りばめている感じです。

―グラスでのシェリー酒の提供や、ワインをボトルで頼めるなど、お酒のバリエーションが豊富ですが、どのように選ばれているんでしょうか。

日本酒は年に2~3回銘柄を変えています。もちろんワインも焼鳥に合うと思いますし、ジャパニーズウイスキーも人気です。シェリーと焼鳥を合わせるお店は都内でもほとんどないと思うんですけど、でもシェリーとの相性はすごく良いと思います。僕も今勉強中なのですが、毎回違うシェリーをお出ししています。焼鳥って基本的に何でも合いますし、お客様の好みが一番だと思ってお出ししています。

―器にもこだわってらっしゃるそうで、今ちょうど棚にもありますが、ご自身でセレクトされているんですか?

例えば焼鳥を載せる皿は唐津焼を使っています。あとは食器屋さんに行ったとき“これ良いな”と触ったら買いたくなっちゃうみたいな。そこまで詳しいわけでもないですが、見て触って使えそうなものかなと思ったら買ってしまうんですよね。グラスも「うすはり」を使っています。スタッフが取り扱うものも多いのですが、うちのスタッフは割らないですね。すごく大事に取り扱ってくれています。

継続の線上に、未来のスタイルを見据える

―2026年で10周年を迎えられますが、今後の展開、挑戦されてみたいことについてお聞かせください。

僕は今を継続するためには色々な意味で挑戦していかなきゃいけないと思うんです。今の自分や「やき鳥 たかはし」があるのは2、3年前に頑張った結果だと思うので、維持するためには、できることをしっかりやっていきたい。 店も10年目を迎えるので、今後の自分にとって何が良いか考えを巡らせています。今は通過点で、未来のスタイルは少し変わってくると思います。もしこういう高級店を続けるなら、カウンター6席程度で全部自分でできるような店をしていくのかなと。自分の目の行き届く範囲で自分のパフォーマンスの中でお客様を迎えていきたい気持ちがあるんです。どの場所であっても、わざわざ来てくれるような店作りをしていきたいですね。

焼鳥に限らず、高級店が沢山できていますが、それも限界があるかなと。求めるお客様もいると思いますが、でも焼鳥って庶民的な食べ物だと思うんです。さっきも言ったように子供を連れて行けないお店もありますが、でも僕は子供にも食育は必要だと思いますし、家族団らんで来てもらい、美味しかったと思ってもらいたい。今やっていることと矛盾していますが、若い方からお年寄りまで、皆が美味しそうに食べている姿が見られるような店を作りたい。

僕は生涯現役でいたいんですが、70歳、80歳になっても今のスタイルでこんなバタバタできないだろうなと思うんです。20年後、30年後の自分に合った形でお客様に喜んでもらえるよう、柔軟に対応できる環境を作っていきたいなと。また、地元の食材を大事にしていきたいですね。農家さんに出向いて情報共有をしたりとか、食材に対するこだわりはこれからも持っていきたいと思います。それとスタッフに当事者意識をもっておもてなしをしてもらうこと。ちょっとしたことが価値になり、それがお客様にとってプラスになることだと思うので、常日頃からスタッフには言い続けています。

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髙橋浩史氏 プロフィール

1971年福岡県生まれ。不動産営業から『食』に関わる専門職を極める為に料理人に転向。ステーキハウス、イタリアンで料理を学び、福岡の鶏料理店にて従事する。その後銀座の鶏料理店の店長の後、東京ステーションホテル内「焼鳥 瀬尾」にて料理長を歴任。2016年に「やき鳥 たかはし」をオープン。『焼き』への拘りだけでなく、器、酒にもこだわり、若い方からお年寄りまで愉しめる店舗を目指す。

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焼き鳥

やき鳥 たかはし

JR東海道本線 平塚駅 北口 徒歩5分

https://ggt8300.gorp.jp/

【編集後記】

平塚の地で、落ち着いた雰囲気の中、美味しい焼鳥の味を提供する「やき鳥 たかはし」。おもてなしの心をスタッフに浸透させ、料理長の経験を礎に常に新しいこと、面白いと思ってもらえることに挑戦する髙橋氏の姿に、職人としての矜持を感じました。

※こちらの記事は2024年08月23日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Airi Ishikawa

一休のメディア事業部長。日本全国を旅しながら、その道のプロにインタビューや取材をしています。休みには足をのばして国内ワイナリーを巡るのが好き。地産地消や、生産者に近い距離で食材や料理に向き合う「極みのシェフ」がいる店をご紹介します。
【MY CHOICE】
・最近行ったお店:銀座 しのはら / 南青山 まさみつ / サエキ飯店 / コートドール
・好きなお店:鮨 梢 / フランス料理 エステール / コンチェルト / エンボカ 京都
・注目しているお店:SeRieUX / プルサーレ / bistronomie Avin
・得意ジャンル:フレンチ / バー
・好きな食材:山菜 / 鴨

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