軽井沢「Restaurant Naz」鈴木夏暉氏に聞く、1日2組のみのゲストと向き合う中で探求する“自分の料理”とは

東京から約1時間と好アクセスで、豊かな自然に囲まれた日本有数のリゾート地・軽井沢。そんな軽井沢の地に2020年9月にオープンした「Restaurant Naz」は、1日昼夜1組ずつのみを迎える、今最も注目されるレストランの1つです。今回山本憲資氏は、オーナーシェフを務める鈴木夏暉氏にインタビューを実施。鈴木氏が料理人を目指されたきっかけから、ここまでの道のり、料理へのこだわりなど多岐に渡って伺いました。

高校中退をきっかけに、自分の好きな料理の道へ

僕が幼い頃、祖父は長野県・佐久で結構大きな食堂をやっていました。少し大きくなった頃には祖父が体調を崩し、閉店してしまったんですけどね。料理自体は身近な存在でした。

中学生の頃は、だいぶヤンチャしていたので、料理の”り”の字も頭にはなかったです。そのあと、高校に進学するもすぐに退学。そこで「働かなくちゃ」となったのですが、どうせ働くなら好きな仕事をしたいと思って選んだのが、料理人でした。

長野県・佐久に「ピッツェリア ジンガラ」という、こちらでは名の知れたピッツェリアがあるんですが、親の勧めもありそちらで働かせてもらうことになりました。自分はピザがメインのレストランということすら知らず、入ってから知りました(苦笑)。その頃、なんだかピザってちょっとダサいなというイメージがあって、友達にピザ職人になるために修業をしているというのは、恥ずかしくて言えませんでした。

入社後すぐに、中目黒にある「Pizzeria e trattoria da ISA」という、日本を代表するピッツェリアに「ジンガラ」の社長に連れて行ってもらいました。本場イタリアのピザ職人のコンクールでも優勝している山本尚徳さんがやっているお店なのですが、そこで見たピザ職人の佇まいがあまりにも格好良くて「ヤンチャしている場合じゃないな」とスイッチが入りました。そこが転換期だったと思います。

そうなると一気にのめり込んでしまいました。ピザの世界の凄さというのが少しずつ分かってきて「こんな世界があるんだ」と、ピザの奥深さに魅了されていきました。生地をこねるにしても当初は全然上手くできなかったのですが、1つのことを決めたらそれを極めたいという気持ちになるのは自分の性格の特徴の1つかもしれません。毎日ピザを焼いて、めちゃくちゃ働きました。そのうち「イタリアの有名店で働いて箔をつけてから、20代の前半くらいには日本で自分のお店をやりたい」という気持ちが湧いてきたんです。そこから4年程経った頃、20歳になる直前くらいに日本を発ってイタリア・ナポリに渡りました。

イタリアのピッツェリアで修業を積む

まず「da ISA」の山本さんが修業していた「Il pizzaiolo del presidente」というお店で自分も働いてみたいなと思って門を叩きました。山本さん以外は日本人が働いていたこともなく、なかなか承諾してもらえませんでした。大した経歴もないアジア人の自分を受け入れてくれるはずもないんですよね。それでも諦めずに毎日通っては「働かせてほしい」とお願いし続けていたら、ある日オーナーが「お前、一度なんか焼いてみろ」と言ってくれて。スタッフたちに囲まれ、マルゲリータを作りました。それなりのものができたなと思っていたら「自分で食え」と言いながらビールを持ってきてくれました。食べるところまで見られていたのを今もよく覚えています。そのあと、帰りにユニフォームのTシャツをもらえて「あ、仲間にいれてもらえるんだ」と驚きました。

イタリア語どころか、英語もまったく分からなかったのですが、なんとかそのお店で働きはじめます。20人くらいは見習いみたいなスタッフがいましたね。何もやらせてもらえない子たちも少なくなかったのですが、そこから約1年がむしゃらに働いて、鍵も持たせてもらって、生地の仕込みから釜で焼くところまで全部任せてもらえるようになりましたね。その頃にはイタリア語も随分と分かるようになっていました。

モラトリアム的な帰国後の東京生活

そして貯金も尽きて帰国するのですが、ピザに関してはどこかやり切った感覚を覚えてしまって、自分のピザ屋をやろうという気持ちはどこかに行ってしまいました(苦笑)。帰国後は東京に住んでいたのですが、近場の一皿一杯500円、みたいなバルで働いていました。ただ、やっぱり料理は好きだったのでしょうね、そういう環境でもめちゃめちゃこだわって作っていました。

そして月1くらいで、名の知れた高級レストランにも勉強のために行くようになって。そこで吸収したことを居酒屋のメニューに反映させたりをしているうちに、また海外に勉強しに行きたいなという気持ちが湧いてきました。ただ、ある程度、教科書的なものが存在している分、フランスやイタリア、スペイン料理にはそこまでの興味が湧きませんでした。さらなる高みを目指していくには、「まだ誰もやっていないようなことをやらないと」と思いました。

対して、デンマークの料理は、見てもなんだかよく分からないものが多かったんですよね。謎だらけで、実際にそれを目の前で見たかったし、口にしてみたいという気持ちもありました。その頃、コペンハーゲンにある北欧料理店「NOMA」の名前が日本でも話題になりはじめていました。「どうせなら1番有名なところでその世界を感じてみたいな」と思っていたところ、ご縁があって働けることになりました。約4年前、2019年ですね。

そしてデンマークへ、「NOMA」での研修

「NOMA」ではいろんな国籍のスタッフが働いているので英語がメインに使われているのですが、僕は英語が全然分からず。ただイタリア語はある程度分かったので、イタリア人グループの中で仕事していました。

デンマークにはそもそも長くはいるつもりはなかったのですが、そうこうしているうちに、新型コロナウイルスの影響が出始めて、徐々にお店の営業が難しくなってきてしまいました。もう少し何店か見てきたかったんですが、状況がどんどん悪化してしまって。あとはデンマークにある一つ星のレストラン「Kadeau」のコペンハーゲン店で少しだけお世話になった程度で、2020年の初頭に帰国することにしました。

戻ってすぐに日本でお店が出せるかというと、当時の状況ではさすがに難しくて。まだそこまでの自信もなかったですし……。「一旦どこかのレストランで働いてみようかな」と以前から興味のあったいくつかのお店にコンタクトをとってみましたが、どこも新型コロナウイルスの影響もあり、新しいスタッフを雇えるような状況ではないようでした。

地元軽井沢に戻り、改めて料理の道へ

そうなると東京にいる意味もあまりないですし、とりあえず実家に帰ることにしました。やることがなくて、別荘の草刈りのアルバイトとかをしていたのですが、3か月くらいで「やっぱり自分にはこの仕事できない、つまんないな」と思ってしまい、そこで自分には何ができるかと改めて考えました。やはり料理だなと心が決まり「なんとか食べていくくらいはできるのでは」という軽い気持ちで、とりあえず物件探しをはじめました。

何千万円と費用をかけて出店するのは現実的ではなかったのですが、いくつか物件を見ているうちに、今の場所と巡り合います。現在のお店の建物は、元々は貸し別荘のレセプション棟で、オーナーがカフェでも作ろうかなと思っていたところを、たまたま貸してもらえることになりました。

そうして融資を受けてキッチンを改装して始めたのが今の「Restaurant Naz」です。3,000円もしないようなランチコースからはじめて、最初はカフェに毛が生えたようなところからのスタートでした。当時は時間をかけた料理は今に比べると出せていませんでしたが、野菜などは毎日生産者をまわって一生懸命集めてまわっていました。そして「本気でやるとお客さんは喜んでくれるんだ」という感覚を少しずつ覚えるようになってきました。

自分の料理への探求、発酵の魅力

そして、そこからは“自分の料理”への探求がはじまりました。お店が長野にあるからと言って、ただ長野の食材を使っているだけでは当然ながら自分の料理にならないのですよね。自分が得てきた技術や経験を、自分のフィルターを通してストーリーとコンセプトに昇華させていくことが何より大切。食材は地元にいいものがあるので使っているものの、そこは軸足ではないです。

作り続けていくうちに「こんなにいいものがあるんだ」という出会いが積み重なっていき、繋がった生産者さんがまた他の方を紹介してくださったり、ありがたかったですね。さらに、そこに発酵の手法を組み合わせていくと、貯蔵ができるので、季節じゃないタイミングで様々な食材との組み合わせを出すことができるんです。これは凄い技術だなと思って一気に興味が湧きました。動物性、もしくは昆布のような旨味を、発酵の技術を使えば野菜のエキスでも生み出せます。新鮮な状態からの味のグラデーションを考えると、とてつもない選択肢が生まれ、料理に使えるんです。

発酵に関しては北欧の経験があったから、というよりはここで実際に料理を作りながらいろいろ試し、学んでいる部分が圧倒的に大きいです。この夏でオープンしてからちょうど3年になります。3か月ごとにメニューを変えながらそれぞれの季節が3周したのですが、3周目になるとどこか吹っ切れたかんじもあって、ようやく自分の料理ができるようになってきたという感覚があります。サーモンとカブを使った定番の「信州サーモンのひとさら」以外は、毎回がらりとメニューを変えています。僕、とにかく試作が好きなんです。思いついたものがあると営業中でも合間に作ってみたりするので、スタッフが驚いていることもありました(笑)。

お客様に、そして料理と向き合い、価値あるものを生み出していきたい

ありがたいことに、1年半〜2年先までリピーターのお客様を中心に予約が埋まっている状況です。みなさん、僕の感性を楽しみに、その成長を見たくて来てくれているのがひしひしと伝わってくるので、正直怖いですけど、毎シーズン毎シーズンちゃんとアップデートしていくモチベーションになります。

初めて僕の料理を食べていただく新規のお客さまの方が、満足してもらえるハードルは低いかもしれませんが、自分の成長のためにはリピーターのお客さまともしっかりと向き合っていけたらと思っています。そのチャレンジのためにお店をやっているようなところもありますしね。

軽井沢は東京からも程良い距離感ですし、レストランをやるのには良い場所だなと思っています。僕の満足するクオリティで提供するには昼夜1組ずつがベストで、おそらくそれは今後も変わらないので、小さい規模でも価値がしっかりあるものを作って出し続けていきたいと思っていますね。

当面は軽井沢でやり続けるつもりですが、10年先のことは全然分かりません。そんな先のことは正直どうでもいいんです。日々研鑽し続けることで道が繋がっていく感覚があり、やり続けるとお客さまも生産者も応援してくれる人が増えていって、ありがたいんですよね。

http://naz-karuizawa.jp/

【編集後記】
今年は2回、お店にも訪れているのですが「成長曲線」というグラフのことを考えたときに、やはり若さほどの武器はないなということを今年29歳のシェフを見ていると強く思いました。とは言え若いから完成度が低いとか、そういうことでは全くなくて、精度高く凄いペースで貪欲に吸収し続けている様に驚嘆しました。年末の次の訪問も今から楽しみです。

山本憲資

広告代理店、雑誌編集者を経てSumallyを起業。スマホ収納サービス『サマリーポケット』を展開。先日代表を退き、顧問に就任したばかり。食や音楽、現代アートなどへの造詣も深く、様々な媒体で時折記事の執筆も手掛けている。2020年夏より軽井沢に拠点を移し、森の中でスマートリモートライフを満喫中。

このライターの記事をもっと見る

この記事をシェアする