旅好きな一休.comユーザーからの人気が高いキーワードは色々ありますが、ここ最近特に人気が高まっているのが、その土地ならではの食を楽しめる「オーベルジュ」。
今回は、関西を代表するフードコラムニストの門上武司氏をインタビュアーに迎え、2020年12月に富山県・利賀村に開業した「L’évo(レヴォ)」の谷口英司シェフにインタビューを実施。誕生のきっかけや料理へのこだわり、この地でオーベルジュをやる意味など、多岐にわたって伺いました。
「レヴォ」がオーベルジュとして誕生した理由
門上武司氏(以下、門上):谷口シェフは、神戸のレストランで仕事をされてから、富山の「リバーリトリート雅樂倶」に移られました。その後は富山の魅力に惹かれ、利賀村に「L’évo(レヴォ)」を開かれましたが「オーベルジュ」というスタイルを選ばれた理由をお聞かせください。
谷口英司氏(以下、谷口):理由は3つあります。まず1つ目は、山の食材を使いたかったからです。山の中にはたくさんの食材がありますが、それを自分たちで採りに行くとなると食材のことは自分たち自身で、採取方法なども含めて勉強しなくてはなりません。これは料理人にとって、すごく貴重なことだと思います。
2つ目は、時代の流れにあまり左右されたくなかったからです。ここ利賀村のようなところだと、何十年いたとしてもほとんど流行に左右されません。フランス料理はとても敏感で、何か流行ればそれを追ってしまうところもありますし、流されてしまうことも多くなりますが、僕はここでしか作れない料理を、この場所で取り組みたいんです。常に意識しているのは“地に足を根ざす”ですね。地域について深堀して、料理に変えていくことを目指しています。富山県に来て約13年経ちますけど、富山は大阪や神戸とは時間の流れも全然違います。他の場所で、今のようなお店のスタイルを再現するのはおそらく不可能だと思いますね。
3つ目は、こういう日本の地方でヨーロッパのオーベルジュのような施設を作りたかったからです。実際は思っていたより自然に縛られることも多いですし、難しいこともたくさんあります。食材は季節のものしかないですし、それをいかに使いこなすか、考えることはいっぱいですが、挑戦する価値がありますね。なので、これからはもっと地方で料理をする人や、うちみたいな施設が増えて欲しいなと、強く思いますね。
水にも旬があることへの驚き
門上:オープンして2年以上経過しましたが、手応えはどんな感じですか。
谷口:ゲストの方は喜んでくださっていると思います。料理人としては、少しずつこの利賀村の自然に馴染んできたかなという感じです。最初に驚いたのは水です。ここは水道が通っていないので、山からの水は浄水器を使って濾過します。この土地は高度が高いところにあるので、水の沸点が変わってくるんです。すなわち出汁を取るのも、フォンを引くのも今までと同じではいけない、料理の基本が変わってしまうということを理解することから始まりました。次は、雪解けの水、梅雨の後の水、渇水の時期の水。正直飲み比べても、なかなか違いは分からないのですが、野菜などをゆがくと微妙に灰汁の出方などが違うんです。水にも旬があるんだということを意識するようになりました。料理に対する考え方も、おのずから変わってきますね。
門上:ということは、まだまだ発展途上ですね。
その土地にある食材に向き合って料理をする
門上:“ここでしか食べられない”とは、すなわちそこにあるものだけで勝負しないといけないということでもあると思います。そのためには技術を始め、サービスの方法、見せ方など、色々なアプローチがあると思うんです。でも、それも食材がないからできないということもあるわけですね。
谷口:そうですね。食材がない時ももちろんあります。でもそこは、プロの料理人としての知識と自分たちの技術でカバーしたいと思っています。昔は、料理はテクニックで120パーセント、200パーセントにすればいいと信じていました。でも今は、素材自体が美味しいと、それをどう150パーセントまで持っていくかが難しいです。素材を活かしてあげることもあれば、もちろんそうでない食材もたくさんあります。例えば、山菜なんかは60~80パーセントの食材をどう100パーセントにするのか、自分の知識や技術で考えますね。どんな食材を料理するかで、そこに対する向き合い方も変わります。
また、ジビエに関しては、猟師さんが獲ってきたものは全て購入することにしています。猟師さんの生活もあるわけですし、一緒にやっているという気持ちも高めてもらうことになりますから。そういうネットワークというか、繋がりは本当に大事にしなくてはなりません。極端なことを言えば、一年中メインをジビエにすることが可能なぐらいのストックを持っています。
門上:年に1回「レヴォ」へ行くとしたら、いつが良いでしょうか。1回ならばこの季節、2回ならばこの季節、みたいなのはありますか。
谷口:まずはジビエが全盛期の12月に。次に山菜がピークの4~6月までですかね。東京などでは山菜の季節は2~3月ですが、ここでは基本的に4月の後半から採れるので、4月からがおすすめです。
門上:山菜は楽しみですね。
谷口:春の山菜や秋のキノコなどから学ぶことも多いです。
というのは、山菜やキノコはスタッフで採りに行くのですが、山に入る前に「おそらくあの辺りに生えているだろう」と見当をつけていくんです。でも実際にその場所へ行くと、全然見つからなかったりするんです。それって、昨年僕たちが採り過ぎた結果のようなんですよね。これは本当に身に染みて、学習します。
山に長年入っておられる方からは「街のにいちゃん!」と呼ばれていますから、これから年を重ねるにつれて、認めてもらうことになると思います。やはり時間は必要ですね。
門上:オーベルジュでは朝食も楽しみの1つですよね。谷口シェフは、朝食をどう考えていますか?
谷口:ディナーは完全に僕たちの世界なので、全てコントロールします。でも朝食は、もっと地元感を出したいと思っていて極端なことを言えば、僕の存在が見えない料理、和食です。炊き立ての白ごはんにこの土地の食材をシンプルに調理します。ディナーとは違うことも1つの魅力だと思っています。
目指すのはその土地の文化を象徴するようなオーベルジュ
門上:今後「レヴォ」が目指しているのは、どのような世界観なのでしょうか?
谷口:この土地に慣れて、あと5年くらいでしょうか。劇的に変わることを信じています。この土地にはそれぐらい多くの魅力があると思いますし、まだまだ知らないことがたくさんあるのかなという感じがしています。それをもっともっと自分たちのものにして、発信していきたいと思います。
門上:これは1つの挑戦だと思います。ヨーロッパ型の「オーベルジュ」。つまり料理がその土地の文化を象徴するようなもので、そこに宿泊施設がある。そんなオーベルジュが増えてほしいですね。そのために谷口シェフが先陣を切り、継続しなければいけない。私には、谷口シェフが「レヴォ」を通してオーベルジュは、今後こんな形もできるんだと証明したい」と考えておられるように感じられました。
谷口:はい。このようなオーベルジュが日本中で増えてくれるのが1番嬉しいですね。
門上:谷口シェフの料理はすごいですよね。神戸時代から何かキレているというか。
「レヴォ」へ2回目に行った時、谷口シェフの料理の中に利賀村が確実に見えました。なんか頭に風景が浮かんだ感じがしたんですよ。利賀村の食材があり、それを谷口シェフの技術や経験で作っているという訳ではなくて、そこに利賀村の谷口シェフを感じたのがすごいところですね。地方で料理を作っている他の人とは違うなと思いました。
谷口:もちろん新しいことに取り組むのが好きなので、面白いと思うことは追求していきたいです。でもそれだけではあまり意味がないなと思うんです。この土地だからこそできる、将来的には僕じゃなくてもあの料理ができる、そんな世界を確立したいです。
それがヨーロッパのモデルというか、今の日本のオーベルジュスタイルとの違いなのかなと感じています。たとえ自分が料理人でなくなっても、それを続けていきたいなと考えています。
門上:素晴らしいです。料理人の方にお話を伺うと、その土地の食材を使って新しいことをやってみたいとか、自分の色を出していきたいなどの話を聞くことが多いんですけども。今、谷口シェフが仰っていたような本当に「レヴォ」の料理がずっと残っていく、存在価値みたいなものを追求しているのは、他の料理人の方々とは違うなと感じますし、その意識はすごいなと思います。「レヴォ」の目指すところは、谷口シェフの名前ではなくて「レヴォ」みたいな存在が何十年も長く続くこと。そして日本の「オーベルジュ」全体がこういう形で広まって欲しい。「流行に流されずに、日本のオーベルジュが目指す形を作って行きたい」という思いが強いのだと感じました。
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谷口英司氏 プロフィール
1976年大阪生まれ。高校卒業後に就職したホテルでフランス料理と出会い、日本国内やフランスで修業。2014年「レヴォ」を立ち上げる。2020年、自らの理想を形にするため、オーベルジュとして「レヴォ」を利賀村に移転オープン。
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【編集後記】
「レヴォ」はオープン以来、3度訪れている。行く度に料理の精度は上がり、土地に馴染んでいるという感覚が強くなる。いわば、皿の上に利賀村の風景が味わいとして像を結んでいるのだ。これはまさに新たなオーベルジュの形だと思った。
※こちらの記事は2024年11月25日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。