「露天風呂付客室」や「オールインクルーシブ」など、旅好きな一休.comユーザーからの人気が高いキーワードは色々ありますが、旅のスタイルの多様化と共にますます人気が高まっているのが「オーベルジュ」。一般的に「宿泊施設を備えたレストラン」と言われますが、最近では個性豊かな施設も増えていて、メディアでも注目を集めています。
そんな「オーベルジュ」の魅力に迫るべく、フードコラムニストとして幅広い食の知識・経験をお持ちの門上武司氏にインタビューを実施。食を軸に楽しむオーベルジュでの滞在の魅力や、最近のオーベルジュの傾向など、食のプロならではの視点で語っていただきました!
目 次
1.食のプロ・門上氏が考える「オーベルジュ」の魅力とは
-今までに様々なジャンルの食を経験されてきた門上様は「オーベルジュ」にもたくさん足を運ばれているかと思います。「オーベルジュ」のどのようなところに魅力を感じられますか?
1990年の後半頃にスローフード運動の仕事をしていて、10年くらいかけて毎月、日本の民宿を泊まり歩いていたんです。その最初が、能登半島にある「郷土料理の宿 さんなみ」という民宿だったんですが、ご主人と奥様が畑を作り、あの地域なので「いしる」という魚醬も作り、非常に工夫をされた料理がある宿でした。
そこに初めて行った時に感じたことは、大きなホテルや旅館に泊まるのとは違う感覚で、その土地の食材を本当に慈しみながら、時には自分で食材を育て、訪れたゲストのことを家族のように扱われているということ。「こういうのが大事だよな」と、すごく心に響きました。家族経営で部屋数も多く作らず、食材も自分達で育てつつ、土地の人達と一緒に見付けながら営むという日本の民宿は、ある種のオーベルジュの原点と言えると思います。
各地の宿を巡っている中で「旅をする」ということは、名所・旧跡を巡るだけでなく、その土地の食の恵みを求めるというのもありだと思いましたし、食材が旅をする時代から、人が食材を求めて旅をする時代が確実にやってくるだろうと感じていました。
そういう時代の流れの中で、色々なところで修業をしてグローバルスタンダードな技術を持った人達が、地方でオーベルジュという形を作り始めて。そこでは、都会のレストランと技術的には何ら遜色が無いけれど、圧倒的に地の利を活かした料理を提供する。
日本のオーベルジュはそうして広まった訳ですが、やはり、都会に持って来られない鮮度や、そこでしか味わえないものを感じられるという点が、オーベルジュの良さですよね。
さらにレストランの場合、料理人とゲストは基本的に一期一会ですけれど、オーベルジュの場合は、少なくとも晩ご飯と朝ご飯の2回接点があります。その間料理人はゲストの時間を預かる訳で、ゲストとコミュニケーションを取って、気持ちの交流ができる。
そういった意味でも今や僕にとってオーベルジュというのは、それを目的で行くような存在ですね。
2.1986年誕生、日本初のオーベルジュ「オーベルジュ オー・ミラドー」
-日本で初めてのオーベルジュと言えば、1986年に箱根に誕生した「オーベルジュ オー・ミラドー」ですよね。門上様は「オーベルジュ オー・ミラドー」の魅力や、勝又シェフが日本のオーベルジュ業界に与えた影響について、どのように思われますか?
僕が「オーベルジュ オー・ミラドー」で感じたことは先ず、料理とワインとのマリアージュをすごく考えられているということ。それから、繊細で都会的なメニューから野趣に富んだものまで、どれもその土地の自然を感じる料理だと思いました。
暖炉を使って食材を焼くとか、食材も環境も色々なことを含めて、都会でできないその土地ならではのことをやられているのが、大きな魅力だと思います。
実はフランスでは、地方で三つ星、二つ星に掲載されているところの殆どがレストランではなくオーベルジュで、例えば「ルストー・ド・ボーマニエール」は、山の中の岩山をくり抜いたような場所にあって、客室は15室くらい。小さなプールやヘリポートもあって、ゲストはパリから飛んで来て、食事をしてゆっくりと休暇を過ごすようなところです。
勝又シェフは、ご自身もフランスやヨーロッパを訪れた中で、そういったオーベルジュのスタイルや文化に憧れられたんだと思います。元々東京で先端の料理をやられていましたけれど、日本でも地方でこんなことができるというのを「オーベルジュ オー・ミラドー」で、自分が証明したいと考えておられたのでしょうね。
実際に箱根に行かれて、地元の生産者の方々との繋がりや信頼関係を構築することからスタートされた訳ですけれど、生産者の方々としても、勝又シェフが来られたことによって「こういう料理ができるなら、自分達が作っている食材のレベルをもっと上げていかなければ」という意識になっていかれて。
そういった意味でも勝又シェフは、単にオーベルジュという形を作っただけではなく、地域の生産者の方々にも刺激や勇気を与えた存在だと思います。
3.独自のスタイルを歩んできた日本のオーベルジュ「美山荘」
あともうひとつ、日本には「オーベルジュ」と名乗ってはいないけれど、その土地の食を追求した「オーベルジュ的な宿」があるということにも、以前から注目しています。
例えば、京都の花脊という山奥にある「美山荘」。お部屋は4部屋で、料理は周辺の食材を使った摘草料理。自分達で畑を開墾して食材を作っていて、冬になると地元で獲れたイノシシやシカを使った料理も出されて。オーベルジュと名乗っていないですけれど、日本のオーベルジュの先駆けのひとつと言えるのではないかと思います。
-確かに、オーベルジュと名乗っていないですが、日本のオーベルジュ的な位置付けを確立されていますよね。
「美山荘」のような日本のオーベルジュは、食材はもちろん、調理法もその土地ならではのものを大事にされている印象があります。
いわゆる郷土料理は、その土地ならではの調理法のひとつかも知れません。
でも、単に土地の食材を使うのではなくて、自分の技術を持って、その土地の食材をどういう風に料理にしていくかです。
郷土料理を見直して新しい組み立てをしていくのか、全く違った調理法を使ってやるのかは、人それぞれだと思います。
4.今、日本でオーベルジュが増えている理由とは?
-ここ数年、日本各地に個性豊かな「オーベルジュ」が続々とオープンし、メディアでも目にする機会が増えているように感じます。今、日本でオーベルジュが増えている理由は何だと思われますか?
料理は常に振幅があって「エル・ブリ」のような調理科学の方向に行ったり「ノーマ」のようなサスティナビリティの方向に行ったりする中で、最近の若いシェフ達は、パイ包み焼きのような古典的な料理のソースを軽くしたり、中身を変えたりして作るという振り戻しもあります。
それと同じで、新しい料理を求めて都会で料理を作るという動きの中で、周辺のもので料理を作る「身土不二」が料理の本来の姿として、地方に戻って原点を顧みるという動きが出てくるのも、当然のことです。
自分が色々なところで学んだ技術を持って地方に行って、その技術をその土地の食材に当てはめてみると今までとは全く違う料理ができるし「都会とは違う時間の流れの中に身を置いて、ゲストとの時間を共有したい」という気持ちになるのは、今の時代、非常に共感できます。
地球の人口の増加に伴い食糧難の問題が出てきてフードテックが進んで、という世界もありますけれど、地方へ行くと、生産者が近くに居て、自分達でも食材を育てることができる。
地方で「オーベルジュ」をやることによって、人間が考えていた本来の食の姿を取り戻せるのではないか、ということなのではと思います。
-門上様が思う、最近のオーベルジュの傾向や共通点などがありましたら教えてください。
傾向のひとつは「よそもの」です。例えば、先日インタビューした石川県にある「オーベルジュ オーフ」の糸井シェフや、富山県にある「レヴォ」の谷口シェフも関西出身です。その土地の出身ではないけれど、縁があってそこへ行って「よそもの」でありながら、生産者との会話やコミュニケーション、周辺の料理人達とのコミュニティを通じて、土地の人達と馴染んでいこうとされていますよね。
もっと言うなら、大分県の由布院に2023年にオープンするオーベルジュ「ENOWA」のシェフを務めるタシ・ジャムツォ氏は、チベット人です。彼は早くにNYに行って「ブルーヒル」というレストラン、シェフとして活躍しながら食に関わる社会問題を発信している有名シェフ、ダン・バーバー氏のところでスーシェフを務め、縁があって2年前に日本に移住しました。そこから京都のカリスマ農家の人達と一緒に畑作りをやり、様々な食材の生産地に足を運んで、由布院でのオーベルジュのオープンに向けてやっている訳ですよね。
色々なところで経験をして、生まれたところに帰ってきてやるシェフもいれば、縁があって新たな土地でやるシェフもいる。
新たな土地でやるということは、その土地の自然や歴史、文化などにゼロから触れ合わないといけないので、単にその土地の食材を使って美味しいものを作るだけではありません。ある種、文化や伝統、その人達とのコミュニケーションみたいなことをもっと考えている人が、今まで以上に増えてきたのではという気がします。
-元々オーベルジュは「宿泊施設を備えたレストラン」と言われているように“レストランと泊まるところ”というシンプルな形が発祥だったかと思うのですが、最近はハードにおいても多様性を感じています。そういった点ではいかがですか?
まさしく仰ったように「オーベルジュ オーフ」は小学校の廃校を使っているので、教室のイメージを残した空間になっていて、館内や客室には、その土地をイメージしたアート作品が飾られています。「レヴォ」で言うと、富山の山奥という土地柄もあって、冬は特に寒さが厳しいのでサウナ施設を造ったり、由布院の「ENOWA」では、まだ検討中ですが「食のシーンにおいて音も大事なのではないか」という提案をしていたり。
“レストランがあり、単に部屋がある”という従来のオーベルジュの型に留まらず、そこにアートがあったり、朝食は地元のお母さん方が手伝ってくれるような形だったりと、新たな体験や今までと違う要素が確実に生まれていると思います。
5.食のプロ・門上氏が今、注目しているオーベルジュ
-今までに訪れた数多くのオーベルジュの中で、特に印象に残っているオーベルジュや、今注目しているオーベルジュを教えてください。
印象に残っているオーベルジュは、一昨年12月にオープンした富山県の「レヴォ」ですね。
僕は去年の9月と今年の10月の2度行ったんですけど、初めて行った時に、谷口シェフから「水が変わる」という話を伺ったんです。
『実際に現地に来て仕事をし始めてみると、水の沸点が違う。標高が高くてお湯が沸く温度が100度ではないので、出汁の取り方から何から、今までのやり方と全部変えないといけない。まずそれが、ここに来て実際に調理をしてみて分かった』という話でした。
その話がすごく印象に残っていて、今年2回目に行った時に「去年の水の話はすごかったですよね」と言うと、谷口シェフは2年やられてきた中で、また新しいことに気付かれていて。
『水道が引かれていないので、山の水を引いて天然の山水で料理を作っているんですけど、完璧にやっていても、雪解けの時、梅雨の後、夏の渇水の時は、灰汁の出方が微妙に違う。飲んだくらいでは分からないけれど、水にも“旬”があることを感じて、そのことを考えて料理をしなければいけないと思うようになりました』と。
その時に、本物と言うか「そこの土地の人になってきたんだな」と思いましたし、今後何年か経つと、また違う、その土地の人じゃないと感じられないことを感じるようになるんだろうなと。
谷口シェフは元々「神戸北野ホテル」から、期間限定で富山に行かれていたんですけど、富山の海山の恵みに触れて、神戸には戻らずに富山に残られた方です。ご自身があの山奥で料理をやっている意味として
『名前を残したくてやっているのではなく、自分がここでやることで、こういうことができる人が増えてくれば嬉しい』とも話されていて。
見事だなと思いましたし、そういう意味でも、定期的に定点観測したいと思う、注目のオーベルジュでもあります。
-最後に、日本のオーベルジュは今後どういう風に進化していくと思われますか。
オーベルジュのスタイルとしてふたつあると思っていて、そのひとつは、個人の力で個性を際立たせていくものです。
さっきの「レヴォ」もそうですし、他にも、和歌山県にある「ヴィラ アイーダ」は、今はもう宿泊を止めてしまいましたけれど、元々は1日1室で泊めていて、オープンして間もない頃に僕も行って、泊まったことがあります。
家族経営で畑を自分達で造り、個人の力でずっとやってこられているので、個人ならでは、小規模ならではの、親しみのあるファミリー感のような魅力があると思います。
一方で「オーベルジュ オーフ」はオーナーがいるし、今度オープンする由布院の「ENOWA」もオーナーとして会社が付いています。
昔は企業が付いていると、効率化や経済効率の中で宿泊施設を造ることが重視されることが多かったですが、最近はオーナー企業の人達もオーベルジュのあり方というのをすごく考えられています。
今後、海外のゲストが日本に旅行に来ることになった時に、旅館だけではなくオーベルジュにも足を向けるようになると思うので、そういった意味でもオーベルジュはもっと進化していく必要があります。企業が参入することで、優れた才能の持ち主のシェフと出会ったり、個人の力だけではできないことができたり、今までにない新しいオーベルジュが生まれてくる可能性は、大いにあると思います。
このようなふたつの道がそれぞれで完成度を高めて、質を上げていくのではないでしょうか。
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門上 武司
1952年10月3日大阪生まれ。フードコラムニスト。
株式会社ジオード代表取締役。
関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。
一般社団法人 全日本・食学会 副理事長。2002 年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与される。
著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。
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※こちらの記事は2024年12月05日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。