インタビュー|

大阪「鮨 ひじり」林聖馬氏・濱力貴人氏・高井虹歩氏に聞く、3人で描く”唯一無二の鮨屋”とは

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴い、施設の営業内容が急遽変更・休止となる場合があります。最新情報につきましては、当該施設まで直接お問い合わせください。

食の都と言われ、多くの名店がひしめき合う大阪。そんな地で注目を集めるお店の一つ「鮨 ひじり」は、2021年7月にオープンした鮨屋です。
今回は大将の林聖馬氏と共にお店を始めた濱力貴人氏、高井虹歩氏にインタビュー。
「鮨 ひじり」の開業のきっかけや料理に対してのこだわり、今後についてなど、多岐に渡って語っていただきました。

ケータリングから実店舗へ、3人が集まり開業した「鮨 ひじり」

-まずは大将の林さんにお伺いしたいのですが、鮨職人になられたきっかけをお聞かせください。

林聖馬氏

林聖馬氏(以下、林):実家が神戸で鮨屋を営んでいて、物心がついたころからお鮨は身近にありました。
高校卒業後に魚屋さんでアルバイトをすることになり、お客様でもあった鮨屋の大将から「うちのお店に来ないか」と声をかけていただいたんです。周りにも背中を押され、この世界に入りました。気が付いたら父親と同じ道に進んでいましたね。

-その後ドイツに行かれたそうですね。

林:病院の理事長をやられている方と知り合い「ドイツにあるお店を買収したから、鮨職人として行ってほしい」と軽い感じで誘われたんです。
ちょうど次のお店に移ることを考えていた時で、日本だけでなく外に目を向けるのもありだと思い、2年半の間行かせていただきました。
当時は若かったので興味本位で行きましたが、なかなかないことなので、いい経験になりましたね。
帰国後はケータリングの事業を始めて、それと並行して北新地のお店でスポット的に働いたりしていました。

-なぜ実店舗でなく、ケータリングだったのですか?

林:ドイツのお店ではケータリングをメインに任されていました。ご飯とネタさえあれば、飛行機に乗ってどこにでも行けて、仕事になる。
当時日本で鮨のケータリングをやっている所はあまりなく、外国で喜ばれるんだから日本でも喜ばれそうだと思ったんです。

-その後2021年に濱さん、高井さんと共に「鮨 ひじり」を開業されました。
濱さんはどのような経緯で鮨職人になられたのでしょうか?

濱力貴人氏

濱力貴人氏(以下、濱):元々バレーボールをやっていて、実業団でプレーをしながら、社会人として4年間働いていました。
年齢を重ね実力が落ちてくる中、仕事に対してのモチベーションが上がらなくなってきて。違和感を持ちながら働いているのがすごく嫌で、バレーボールに匹敵する、のめり込める仕事がしたいと悩んでいました。そんな時、身近にいた若い鮨職人の握る鮨を食べる機会があって、かっこいいなと思い、職業として選んでいました。
僕も林大将と一緒で、実家が飲食店を営んでいるので、自然とその世界に進みました。

-お2人とも幼少期から飲食が身近にあったのですね。次に高井さんに伺いたいのですが、女性の鮨職人はとても珍しいと思います。もしかして高井さんのご実家も飲食業を営まれているとか?

高井虹歩氏

高井虹歩氏(以下、高井):私の親は普通の会社員です(笑)。
母の家庭料理がとても美味しくて、私も作りたいと思い、将来は料理を仕事にしたいと考えていました。
日本食やフレンチ、イタリアンなど、色々なジャンルがありますが、女性の鮨職人ってあまりいないなと。
以前働いていたお店にいらっしゃった女性の職人が、テレビで取り上げられているのを見て、かっこいい!私もやろうと思ったんです。
途中で辞めてしまう方も多い世界で、私も辞めたいと思ったことはありますが、今は続けてきてよかったと感じています。

-そんな3人が集まって「鮨 ひじり」を開業されたきっかけをお聞かせください。

林:ケータリングをやりながら、そろそろ実店舗を持ちたいと考えていたタイミングで、共通の知り合いに「面白いやつがいる」と紹介してもらったのが濱君でした。
一緒に食事をした時に「お店をやって、いずれ大きくしたい」と夢を語ったんです。そしたら濱君が「一緒にやりましょう!」と言ってくれて。それから時間はかかりましたが、2021年に開業しました。

濱:僕は紹介された側でしたが、林大将と話していくうちに、すごく面白い人だなという印象を受けたんです。
「今は鮨のケータリングをやっているけど、いずれ実店舗を構えたい」という熱い想いを聞いて、一緒にやりたいと思いました。
僕と高井さんは「楼船 さえ喜」にいたのですが、やっぱり僕らがどれだけ表現をしても「楼船 さえ喜」でやっている以上、評価されるのはお店です。
自己表現ができる場が欲しいと考えていた時でもあったので、そういう環境を求めて一緒にやりたいと決心しました。

林:現在、濱君と高井さんは夫婦になりましたけど「彼女も鮨職人です」と紹介されたのが高井さんでした。
実店舗を開業するにあたりどうなるか分からない中、2人を名店から誘うことは勇気がいりましたが、一緒にやってくれると言ってくれて。

高井:実は最初、私は少し否定的だったんです。林大将とあまり仕事をしたことがない中で、なぜか濱君が「林さんと一緒にお店をやりたい」とずっと言っていて、なんでこんなにこだわるんだろうと思っていたんです。
でもお店をやりますとなって、準備を進めていくにあたり、林大将のお客様想いの所や、私達のことを第一に考えてくれる所など、男気があるなと思って。今はついていって良かったと思っています。

非日常の世界を作り出すために妥協を許さない

-2021年に「鮨 ひじり」を開業され、すでに予約困難店として話題となっています。
お任せのコースのみですが、どのようなメニュー構成ですか?

林:月によって異なりますが、アテが7品くらい、握りが10~12巻くらいで追加があればお出しする形です。

-通常終盤に提供されることが多いトロたくが、序盤で提供されるのが面白いという声を多く拝見しました。

林:お客様の中で「トロたくは終盤に出てくるもの」という概念が植え付けられているかと思いますが、うちでは3品目くらいで出しています。
酢が米に馴染む前で少し酸っぱく温度の高いシャリと、鮪の脂身、一番摘みの海苔と、古漬けのたくあんを合わせ、全ての旨味が引き出されるタイミングでお出しする。それが一番美味しいんです。序盤でお客様にインパクトを与えることができるのも狙いです。

-もう一品「雲丹の卵がけご飯」も人気のスペシャリテだそうですね。

林:現在、雲丹の値段が高騰していて、美味しくない雲丹にお金をかける必要がないと考え、提供を控えているのですが、シェイカーを振って提供する「雲丹の卵がけご飯」は、皆さんが美味しいと仰ってくださっていましたね。

-パフォーマンスが面白いという声もありました。

林:こちらから「どうぞ」と写真を撮ってもらうのではなく、お客様が「何をやっているんだろう?面白そうだから写真でも撮っておこう」とカメラを向けてくださり、SNSで拡散してくれる。それが僕らの狙いでもありました。
お店を始めた当初、Instagramのメッセージでのみ予約を取っていたので、間口が狭かったんですね。
SNSで話題になれば、予約に繋がりやすいと考えました。今はそれに代わるパフォーマンスのような一品はやっていませんが、もう少し経ったら価値を上げてお客様にご提供できるんじゃないかと思っています。

-また再開されるのを、お客様も楽しみにされていると思います。ネタに関して、鮪は「やま幸」から仕入れたり、種類によって様々な産地の素材を仕入れたりしているそうですね。心掛けていることはありますか?

林:間違いなく美味しくて、鮮度がいいものを仕入れるよう心掛けています。
鮪は「やま幸」さん、その他は全国各地から鮮度のいい魚を取り寄せてくださる黒門市場の魚卸しにお願いしています。
遠方から仕入れたものは、確かに鮮度が少し落ちますが、それは仕込みでカバーをします。
ただ元が悪いと、カバーではなく“ごまかす”になってしまうので、自分達に迷いがないものを確実に仕入れるようにしています。

-こだわりのネタに合わせるシャリにも特徴があり、12年熟成のバルサミコ酢を使用しているそうですね。

林:シャリには赤酢、黒酢、米酢など、5種類くらいをブレンドして、その中にバルサミコ酢も使用しています。うちのシャリは砂糖を一切使っていません。砂糖を使わないとキレやシャープさが際立つんですが、そうすると角が尖ってしまうんです。そこをバルサミコ酢で、味のコクや深みなどを表現しています。

-ネタによって酢の配分を変えたりするのですか?

林:うちはシャリを1本で行かせていただいているので、ネタをシャリに合わせて仕込んでいます。そうすると白身は合わせにくくなるのであまり握らないです。
イカは包丁の技術でカバーをして、シャリに合わせて提供していますね。

―江戸前鮨でバルサミコ酢を使用する所はあまりないですよね。どんな味わいになるのかとても気になります。そんなこだわりの一品をいただく空間造り、おもてなしをする上で心掛けていることをお聞かせください。

林:決して安い値段で提供しているわけではないので、足を運んでくださるお客様に喜んでいただくのは大前提。一つの食事で非日常の空間を過ごしていただきたいというのは心掛けています。後はお客様に対しての謙虚さと丁寧さは忘れないようにしています。
一つの料理を出すにしても貫禄のある大将が言ったら一言で説得力があることもあります。だけど僕らはまだ若いので、一つ一つ丁寧に説明し、お客様に楽しんで味わっていただきたいと考えています。

「進化し続ける唯一無二の鮨屋」へ、これからのお店の在り方

-今後の目標をお聞かせください。

林:オープンをして1年も経っていないので、次の事を考えるかと言ったら考えられないのが現実です。
しかし毎日多くのご予約をいただけているということは、楽しみにしてくださっているお客様がたくさんいらっしゃるということなので、がっかりさせないように僕たちは日々の仕込みや準備をしっかりしながら、全力でお迎えすることを続けていきたいです。
またこのお店は3人で立ち上げたお店なので、3人が揃わないと意味がないと思っています。高井さんは出産を控えていますが、これからも一緒に働けるような環境を作り、戻れる場所を作ってあげたいというのが僕の想いです。

高井:ありがとうございます。落ち着いたら戻ってきたいと考えていますし、そんな環境を作ってくださる林大将にはすごく感謝しています。

濱:今は「若い」「雰囲気が良い」など漠然としたイメージと、ありがたいことに予約困難店と仰っていただけ、それでお客様も入ってきてくださるのもあると思いますが、今後は「進化し続ける唯一無二の鮨屋」という、確固たるものを築き上げていきたいです。
後、常連さんも少しずつついてきているので、僕らの成長を感じてもらえるよう、お店を造っていきたいですね。
僕たち夫婦の強みを引き出してくれているのは、間違いなく林大将なので、僕らが夫婦でいることの価値を見出して、どんどん「鮨 ひじり」に貢献していきたいです。

-何年後にそうなりたいという目安はあるのですか?

濱:「鮨 ひじり」を開業する際、個々の願望や目標はお互いに共有しています。
「唯一無二の鮨屋」というのは、実際今もそうかもしれませんが、そこを確立するのに3年から5年はかかるんじゃないかと考えています。
今現在、目標に向かって着実にやっていくにつれて、開業前に立てていたそれに少しずつ近づいている気はしています。
そこをもう一度見つめ直し、常に3人で目標を共有するという事をやり続けたいと思います。

林聖馬 プロフィール
1990年、大阪出身。魚屋のアルバイトから鮨職人の道へ。その後ドイツで2年間、鮨店で働いた後、帰国後はデリバリーの事業を開始。
2021年7月地元でもある福島鷺洲で、実店舗となる「鮨 ひじり」をオープン。

濱力貴人 プロフィール
1992年、大分県出身。バレーボールの実業団選手を経て22歳の時に鮨職の道を志す。伝説の鮨職人「鮨 さえ㐂」にて研鑽を積んだ後、「楼船 さえ㐂」の大将代理を務める。
佐伯師匠から学んだ事と独学を「鮨 ひじり」で開花させる。

高井虹歩 プロフィール
1998年、大阪府出身。高校卒業後、鮨の世界へ。19歳で最年少女性鮨職人となりミシュラン店でカウンターを任される。その後、食の都・大阪グランプリにて入賞し韓国での寿司屋立上げも経験し、帰国後日本初の屋形船寿司屋「楼船 さえ㐂」にて3年間研鑽を積む。

https://sushi-hijiri.com/

※編集後記※
インタビューを通して一番感じたことは、3人でお互いを支えあい、共に切磋琢磨しながら素晴らしいバランスで「鮨 ひじり」ができているということ。
3人が作り出す世界観が妥協を許さない美味しい一品を作る要素の一つになっているのだと思います。
ここでしか味わうこのできない「唯一無二」のお鮨に出会うため、ぜひ足を運んでみませんか。


Minaho Ito

一休.comの宿泊営業から編集部へ。子供を預けて、つかの間の贅沢をレストランで過ごすのが楽しみ。見た目が美しい料理が好きで、イノベーティブ料理やフレンチ・イタリアンがお気に入り。
自分へのご褒美にスイーツ店巡りをすることも多く、行きたいお店リストは常に更新中。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ラペ (La paix)
・好きなお店:NARISAWA/Crear Bacchus/オテル・ドゥ・ミクニ/ガストロノミー ジョエル・ロブション
・得意料理:イノベーティブ料理/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:赤身肉/チーズ

このライターの記事をもっと見る

この記事をシェアする