【対談】「傳」長谷川在佑氏×中村孝則氏、国内外のゲストが「また行きたい」と願う「傳」のおもてなし

2022年3月に発表された「アジアのベストレストラン50」で、日本料理というジャンルで初の1位を受賞した東京・神宮前にある日本料理店「傳」。
「【対談】中村孝則氏×「傳」長谷川在佑氏、世界が注目する『アジアのベストレストラン50』の魅力 」の記事に続き「傳」の店主・長谷川在佑氏と「世界のベストレストラン50」「アジアのベストレストラン50」の日本チェアマンを務める中村孝則氏にお話しを伺いました。今回はお二人の対談を通じて「傳」の魅力や、おもてなしの秘訣に迫ります。

母ちゃんの家庭料理と料亭の味をきっかけに自然と料理の道へ

-料理の道に進んだきっかけは何だったのでしょうか?

長谷川在佑氏(以下、長谷川):母親が芸者で、色々な料亭さんのお土産を持ってきてくれて、子供の頃からそういうものを食べる機会が多かったんです。芸者さんがいる置屋さんに行って、お姉さん達に色々なお店に連れて行ってもらう中で、僕の修業先だった「うを徳」にも何回か上がらせてもらって「カッコいいな」と思って。それで必然的に、料理をやるようになりました。

-お母様も料理がお上手だったそうですね。

長谷川:母ちゃんは料理得意でしたよ。料理屋さんで出るようなものじゃないですけど、とにかく料理を作るのが早くて、食べたいものをパッと作るのがすごかったですね。僕がお腹を空かせる暇がなかったくらい。一緒に料理を作ることもあって、餃子やハンバーグをよく作っていました。

お客さんと向き合い、笑顔がこぼれるような家庭料理を目指し続ける

-そういったエピソードも拝見していたので「家庭料理」というのも長谷川シェフのキーワードの一つにあるのかと思っていました。お店のHPやレシピの本にも、家庭料理のことが書かれていますよね。

長谷川:うちのお店って、僕は「家」だと思っていて。
「傳」という名前は「伝える」という意味なんですけど、実は英語で「DEN」は「動物達の巣」とか「みんなが集まる場所」みたいな意味合いがあるんですよ。お客さんに教えてもらうまで知らなかったんですけど、僕らが言っている「家」や「家族」というのに丁度いいなと。

家の料理って美味しいし、みんなが好きじゃないですか。それはやっぱり、家が一番落ち着ける場所だから。社会に出て働いて、たまに家に帰って食べるご飯って「懐かしい」と感じると思うんですけど、うちの料理は、そういう気持ちにさせたい料理です。
母ちゃんって自然と相手に対する想いを料理に乗せていると思うんですけど、そういうものを、お客さん一人一人に作れるようなお店にしたいという意味で、僕の中では「家庭料理」と言っています。そういう気持ちで食べられるものというイメージですね。

-2008年に開店された「神保町 傳」は、そういった家庭的な料理や雰囲気を感じて欲しいという想いから始まったのですね。

長谷川:「神保町 傳」をオープンしたときは「和食のトラットリア」を作ろうと思いました。29歳で始めたんですけど、僕の年齢でも、みんなで食べに行くのを2回くらい我慢したら来られるようなお店にしようと。
僕は料亭さんで修業していたので、紹介が無いと入れなくて「これじゃあ、日本料理が広がっていかないよな」と思っちゃって。料亭だから、居酒屋さんだからとかじゃなくて、自分達が心底好きなものを、お客さんに食べてもらいたいという気持ちで出せる空間を作らないとダメだと思ったんです。

-最初はアラカルトだったそうですが、コースのスタイルに変えられたきっかけは?

長谷川:きっかけは、お客さんがくれたんですよ。
オープン当初はお客さんが入ってくれないから毎日「一回来てくれたお客さんは、次の予約が入るまで帰さない」くらいの気持ちでした。
神保町は出版社が多いので、大体のお客さんが仕事の合間とか、仕事終わりに来てくれるんですけど、例えば、初めて来た3人のお客さんがいたら「こういうお魚あるんですけど、どうですか?」と聞いてみる。「私は刺身」「私は焼き魚」「僕は汁物がいい」となれば「じゃあ、骨は汁にして、半分焼いて、半分刺身にするのはどうですか?」と話をしながら、お客さんに合わせて料理を作るんです。そのお客さんが帰るときに「明日も仕事ですよね?明日は何食べたいですか?」と聞いて「それを作るので、また明日来てください」と言うようにしていったら、みんな来てくれるようになって。
そうやってコミュニケーションを取っていくうちに、2年目の半ばくらいから「お任せで3~4品出して」と言われるようになって、それなら予めいくらか決めてあげようと、コースになっていきました。

実は「畑の様子」というサラダは、オープン当初から出していたけど、最初は半分以上の人が食べてくれなかったんです。「ウサギじゃないんだから、こんなに野菜ばっかり食べられないよ」と言われて。
あと、僕も若かったので、初めて来たお客さんに「ここの店、大将いないの?」と言われるから「今日、大将休みですみません!」とか言って。その人は繰り返し来てくれるようになったんですけど、3回目くらいに「あんたが大将じゃん!」と気付かれて(笑)。でも、そういうのも面白いじゃないですか。
何が言いたいかというと、若いうちに始めたから、色々なことをお客さんも教えてくれるし、自分も聞ける。それは今でも続けていて「この料理は、こういう想いで、こうやって作ったんです」とか、お客さんも「この料理はこうだったね」とか。お互いに関係性を作っていけているのが、うちのお店の良さだと思うんですよね。
それはただ一つ、来てくれたお客さんが楽しんで帰って、また行きたいって思ってもらえるお店を作りたいっていう、それだけ。美味しいものを作ることも、いいサービスをすることももちろんなんですけど、何よりも、楽しんで帰ってもらってまた行きたいと思ってもらうために、僕達はお店をやっているんです。

-また来てもらうためにお客さんと向き合うことが大事で、それが「傳」の礎となっているのですね。料理で一番大事にしていることは何でしょうか?

長谷川:その人に合ったものを作れるようにしたいなと、常に心掛けていますね。
僕は自分の中では、料理人じゃなく、サービスマンに近いんです。だから、料理と言うよりは、相手がどうやったら食べやすいか、今出しているものをいかにお客さんに合ったタイミングで出せるか、を考えています。
自信が無いんですよ。料理を作りながら「お客さんの反応はどうかなぁ」って思うし。常連さんが多いと何がいいかって、その人のことを考えながら料理を作れる。それって絶対に、美味しくなっちゃうんですよね。常連さんなら「こういうお酒を飲んでたな」「こういう味が好きだったな」という経験があるので「これ、好きだと思うんですよ」って料理を出せる。食べてもらって本当に好きだったら「ああ、良かった」と、そんな感じです。

-「これ、好きだと思うんです」って料理を出されたら、お客さんも嬉しいですよね。

長谷川:やっぱり、相手のことを想いながら作れる方が、料理は良くなりますよね。「作ってあげたいな」「やってあげたいな」という気持ちがあって作ったものっていうのは、相手に伝わるので。だから、うちはスタッフ全員でお客さんを見るようにしているんです。

-キッチンがオープンになっていて、大きなテーブルを囲むというお店の造りは、お客さんに目が届くようにという狙いだったのでしょうか?

長谷川:カウンターは特等席というイメージがあるけれど、実は案外カウンターで疎外感を受けるお客さんも多くて。神保町の頃は、1階がカウンター席で2階は個室だったんですけど、僕は9年間やってきて、カウンターの仕事でお客さんを満足させることは、もうできると思っちゃったんですよ。
逆に、僕の相方「フロリレージュ」の川手シェフが、一番初めのお店でテーブルの席でやっていて、僕はそれがカッコいいなと思っていたので、お店を移転するにあたり、次のステップとしてテーブルにしました。

中村孝則氏から見た長谷川シェフの魅力と「傳タッキー」に隠された真意とは

-中村様から見た「傳」、そして長谷川シェフの魅力をお聞かせください。

中村孝則氏(以下、中村):2つあって、一つはやっぱり、独特の洒落っ気がある人だということ。
神楽坂という文化圏の中で育っているから、素で身に付けたんだと思うけど、もうこれは、彼本人が持っている資質だから。“江戸の洒落感”を表現として持っているというのが彼の魅力の一つだし、彼しかできない表現に繋がっているんだと思います。

もう一つは、人に合った料理です。僕は剣道をやっているから分かるんだけど、剣道の用語で「合気」っていうのがあって、気持ちを合わせるということなんだけど、相手の力量を見極めて引き出すんですよ。
剣道は武道なので、基本は勝たないといけない。でも、勝つのにも上・中・下があって、例えば、戦う相手同士に10対1くらいの力量の差がある場合、相手を4割引き出して、こっちが6割で勝つのが「上」の勝ち方なんです。それには「合気」にしないといけなくて「この人はどんな人だろう?」っていう興味や好奇心が無いと「合気」になりません。

長谷川:中村さんが言うように、会話をしながらお客さんのことを知ろうとするのもそうだし、お客さんの様子を見て「どう思っているかな」と判断はしていますね。

中村:あと、長谷川さんのすごいところは「根本的に何か」っていうのを結構深堀した上でのアレンジ。例えば、このあいだ聞いて「なるほど」と思った「傳タッキー」の話ね。
「傳タッキー」ってアイコニックな料理で、あのパロディーの話ばっかり話題になるけど、結局あれは「お凌ぎ」なんだと。「お凌ぎ」って、いわゆる日本料理の献立の中で、お腹が空いてるときに「ちょっと手まり寿司でも食べて」みたいな感覚で、先付の後にちょっとしたご飯ものを出したりするんですよ。「傳タッキー」は、中にご飯が詰まっているもんね。

長谷川:そうですね、必ずもち米が入っています。

中村:そうだよね。ただのもち米だとつまらないから、手羽先餃子みたいに中にもち米を詰めているのが「傳タッキー」で、パッケージもすごくアイコニックなんだけど「あれは蓋物だ」って。
「傳」ではあまり蓋物を出さないんですけど、懐石料理は椀盛りとか蓋が付く料理が出ます。それは、一瞬の香りを閉じ込めるために蓋が付いているんだけど「傳タッキー」の箱も当然蓋が付いていて、開けたときに薫香が香るようになっている。「傳タッキー」はお凌ぎで、蓋物で、日本料理の約束のアレンジなんですよ。

「お凌ぎの本質は何か」「蓋物の本質は何か」っていうのが分からないと、あれの本当の狙いにはなっていないんだけど、でも長谷川さんはお客さんに強要はしていないんです。
そういう意味ではかなり戦略的にメニューを組んでいるし、その人が何を求めているのかっていうのを研究してデーターを蓄積して、色々と多重構造で仕込んでいる。でもそれをスマートに出しても野暮なので、ちょっとしたパロディーと言うか、洒落だね。その洒落感が、無茶苦茶洗練されているんですよ。
海外の人は、ジョークとか洒落な感じはユニバーサルで分かるから、そこで長谷川さんのことを「知的だな」と思うはずです。

長谷川:最初は「傳タッキー」じゃなくて「お凌ぎ」を出していたんですけど、海外の人に「何で、ここでご飯が出るの?」っていうことを聞かれて。理由はもちろん説明するんですけど、海外の人はあそこでポンとご飯を出されても食べないんです。

意味があるからと「お凌ぎ」を出したとして、分かる人は分かるけど、分からない人が9割だったら、僕は意味が無いと思って。意味を強要するよりも、楽しんで食べてもらってその意味を知った方がいいじゃないですか。
例えば、日本は「サッカーは楽しいけど、まずはルールを守らないとダメでしょ」となるけど、海外は、ボールを蹴ってみたら楽しくて、そのうちにルールを覚えます。楽しいが先に無いと、意味を追求しようとしないんですよね。
最初は、良くない意見もあったけれど、僕の中では本当に日本料理が好きだから、知ってもらうためにやっているので、わざわざ「知ってもらうためにやっているんです」と言う必要も無くて。
ただそれで海外からたくさんの人が日本に来て、うちに食べに来てくれて日本料理の楽しさを知ってもらって、その人達がまた他の日本料理屋さんに行けばいいなと。本当に好きだからこそ、本気で、知ってもらえるようにしているだけです。

-遊び心のある料理というイメージでしたが、そのような真意があったのですね!難しく考え過ぎずに、楽しむということが大事なんですね。

長谷川:食べることもそうだし、剣道にしてもお茶にしても、楽しくなかったら続けていけないじゃないですか。
何でうちのお店にお客さんが来るかって、これ、僕の魅力じゃないんですよ。実は。うちのスタッフ全員にファンが付いている。だから、来るんです。一人でお客さんを全員魅了しようなんて無理で「チーム傳」の個々にファンがいて、その子の成長を見てくれる。そうすると、その子達も頑張るじゃないですか。有難いことに、うちのお店はお客さんがしょっちゅうお土産を持ってきてくれるんですよ。そんなお店って、なかなか無いと思うので、嬉しいですね!
シェフって一人じゃ何もできないけど、みんなの協力があって、いいチーム作りができたら、大変なことも何でもできます。僕がやらなきゃいけないのは、みんなが頑張ってやってきたことを失敗したときに、最後の責任を取ってあげることなので「失敗してもいいから、どんどんやりなさい」って言っています。

-「チーム傳」というファミリーのお父さん兼お母さんみたいな存在なのですね。そういった温かい雰囲気があるから、お客さんもお家に来るような感覚で、お土産を持ってきてくれるという感じなんでしょうね。

長谷川:そうですね。でもレストランって、そういうところがあっていいんじゃないですか?特に日本のレストランって、お客さんとお店が、言いたいことも言えない環境が多すぎて。
僕は、お客さんがお店を育てていくと本当に思っているから、そのお客さんのために何かをしたいっていう気持ちがあるし、だから育っていくんですよね。お客さんとの関係性は、とても大切だと思います。

毎年違うことに挑戦し続けることで、日本料理の魅力を世界に伝える

-国内外の様々なお店とコラボディナーを開催したり、「フロリレージュ」の川手シェフと「デンクシフロリ」をやられたり、先駆け的に新しい取り組みをされていると思いますが、そのような考えに至ったきっかけは何だったのでしょうか?

長谷川:人を育てるということと、あとは台湾に姉妹店があるんですけど、日本料理を海外から発信できたらいいなと、ちょっと思ったのがきっかけです。
海外の人は日本料理を食べに日本に来るし、フランス人は日本のフレンチを食べに来るけど、日本人って海外に日本料理を食べに行かないじゃないですか。でも実は、海外でしかできない日本料理があるんです。
台湾は、一年中タケノコが取れて、夏には鮎がいる。タケノコと鮎を合わせる料理って、日本じゃ絶対にできないけど、それは台湾ならできるんですよね。それを食べに、日本から台湾に行くっていうようなレストランができたらいいなって。「日本料理だったら、台湾に行った方が美味しいじゃん」って言われるくらいのレストランを作って、日本人が日本料理を日本でやっていて、うかうかしていられないようにしたいです。

-それによって、日本の日本料理をもっとみんなが考えて、進化していくようになったら、ますます面白くなりますね!他に挑戦してみたいことはありますか?

長谷川:僕は常に、今やっているものと違うことを毎年やるようにしています。
例えば、友達のラーメン屋さんと、僕のことを誰も知らない人がいるところで一緒にラーメンのイベントをやりました。整理券を配らないから、1杯のラーメンのために4時間とか待つんですけど、最後の人がラーメンを食べて「旨い~!」って嬉しそうな姿を見て、僕は、料理人が忘れているものがそこにはあると思って。
1日200食作るとしたら、200個のラーメンを作るんじゃなくて、200人の人に1杯ずつ作るという気持ちじゃないと絶対にダメなんです。僕のことを知らない人でも、ラーメンを通して会話をして食べて「これ、旨かった」って言われたら、やっぱり嬉しいじゃないですか。そういう自分がやったことのないことにチャレンジするっていうのは、自分を見つめ直すきっかけになります。

さっきも言ったように、僕はそんなに自信があるタイプじゃないので、今「傳」が流行っているのも「これってラッキーなんじゃないかな?」って思っているんですよ。でもその中で、色々な人がまた来てくれて喜んでもらえれば、それは間違っていなかったのかなとか。色々な賞をうちのお店でもらっているけど、それはそれ。ただ、今日来るお客さんが楽しんで帰って、次の予約を入れてくれるかどうかの方が心配なんです。
人が食べている姿を見るのが好き、食べてもらって喜んでくれる姿を見るのが好きだから、料理人というよりは、本当に、サービスマンに近いんですよね。

-まさに「幸せになれるレストラン」の「幸せ届人」ですね!

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長谷川 在佑
高校卒業後、老舗料亭「神楽坂 うを徳」にて修業し、2008年、東京・神保町に「傳」を開店。3年目で「ミシュランガイド東京2011」にて一つ星。以来、近年は二つ星を維持し続け、2022年はミシュラングリーンスターにも評価。
2022年版「アジアのベストレストラン50」では第1位にランクイン。
2016年、神宮前に移転。

公式HP:https://www.jimbochoden.com/

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中村 孝則
神奈川県生まれ。美食評論家、コラムニスト。
ファッションからカルチャー、グルメ、旅やホテルなど“ラグジュアリー・ライフ”をテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。
2007年、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。
2013年からは、「世界のベストレストラン50」、「アジアのベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士七段。大日本茶道学会茶道教授。

※こちらの記事は2023年04月20日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Mika Tsuboi

一休.comの宿泊営業アシスタントから編集部へ。ワインと一緒に、美味しいものを少しずついただくのが最高の幸せ。こぢんまりとしたフレンチやネオビストロがお気に入り。
最近は日本ワインにも興味を持ち、旅先で出会った好みのワインを自宅で愉しむのが日課。パンやスイーツなどにも目がなく、週末にはカフェやパン屋巡りをし日頃の情報収集も欠かさない。
・最近行ったお店:Restaurant Fermier/六雁/Varmen
・好きなお店:広尾 ぺりかん/RESTAURANT MAMA./LATURE
・得意ジャンル:ビストロ
・好きな食材:ジビエ/蛤/伊勢海老/キノコ

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