代官山に佇む瀟洒な一軒家レストラン「レストラン マダム・トキ」は、1978年に創業したまるでヨーロッパの洋館のようなフレンチレストラン。松本幸四郎さん主演のドラマ「王様のレストラン」を始め、様々なドラマのロケ地としても使われています。一期一会の出会いを大切に、どんなお客様にも「レストラン マダム・トキ」で過ごす時間を楽しんで欲しいという、温かなおもてなしが魅力です。今回は5代目シェフの高嶋寿氏に、そんな「レストラン マダム・トキ」の歴史や、おもてなしについてなど多岐にわたってお伺いしました。
代官山に佇む美しい洋館の歴史とは
-「レストラン マダム・トキ」の歴史を教えてください。
1972年に、オーナー夫婦が「アリタリア」というイタリアンのお店を開店したのが始まりです。その後1976年に九段下の方に「ラ・コロンバ」というお店を開店し、大繁盛していたそうなのですが、そのエリアが再開発によって、閉店になってしまったそうなんですよ。そこで一念発起したオーナーが、この場所に土地を購入して、一軒家スタイルの「レストラン マダム・トキ」を1978年に開店したのが始まりです。
当時は法律の関係で、オーナーはお店に住む必要があったらしく、昔住まわれたお部屋も2階にあるんです。
-そうだったんですね。調度品などもとても素敵ですが、やはりこだわりが色々とあるのでしょうか?
建材は大理石などの希少なものも使用しているので、今の時代に同じ建物を作るのは難しいんじゃないかと思います。もちろんできないことはないと思いますが、かなり大変だと思います。壁の色だったり、1階のダイニングで使っているガラスだったり、同じようなガラスを作れる職人もだいぶ少なくなってきているみたいですね。
-レストラン自体が非常に貴重な存在ですね。そういえば「マダム・トキ」というレストラン名の由来は何かあるのでしょうか?
「トキ子さん」というオーナーの名前が由来ですね。マダムは、新潟の出身でして、新潟に「トキ」という鳥がいるので、それと掛けているところもあるそうです。
-当時はオーナーさんご自身で、料理もされていらっしゃったんですか?
いえ、それはなかったですね。常に料理長が他にいたと思います。僕もここで5代目になりますし。
-HPなどを拝見し、高嶋シェフは3代目シェフかと思っておりました!
僕も途中まで3代目だと思っていたんですけど、よくよく聞いてみると、5代目みたいなんです。3、4年前ぐらいにわかったんですけどね。
-なるほど。すごく歴史のある建物なので、歴代の料理長も色々といらっしゃったんですね。伝統のあるレストランだと思うんですけども、現在までに進化してきたことや、反対に昔からずっと守っていることがあれば、お聞かせください。
守ってきたとはちょっと違うかもしれませんが、オーナーが目指すところは高級感を前面に出すとか、畏まる雰囲気ではなく、親しみやすく、ゲストがほっとするような空間でいたいというものなんです。例えば、ホールスタッフは長く働いてくれているメンバーが多いのですが、「いらっしゃいませ」というよりは、いつ来ても同じ顔が「お帰りなさい」とお迎えするようなスタイルでできたら、と常々思っています。
3代に渡って通われているお客様もいらっしゃいますので、30年前に結婚式を挙げられた方がお子様の成人記念に一緒に来られるとか。我が家とまではいかないですけど、そういうところを目指してやってきています。後は、とにかくお客様にはレストランで過ごす時間を楽しんで欲しいなと思っています。それは常連さん、新規のお客様関係なく、皆さんにですね。
-時代が変わっても、変わらずお客様に楽しんでいただくということを大切にされているんですね。反対に、新しく料理長になるにあたり、昔と変えていった部分などはあるのですか?
ここが難しくてですね。30年40年来のお客様と、新しいお客様との狭間をどうにかしていこうと、色々考えてきました。結局は、いつお客様が来ても「変わらないね」って言っていただけるように、変わり続けることを意識しています。
ちょっと矛盾しているように聞こえますが、お客様も日々、色々な経験をされて、意識的にも無意識的にも変化しているんだと思うんです。センスだったり志向だったり。そんな中で、こちらがずっと同じような体制でやっていたらお客様は逆に何か変わったと感じてしまうじゃないかなと。そのため現在の動向や、新しいことを取り入れるようにして、現代に合った「レストラン マダム・トキ」を模索しています。お客様には変わったというよりも、変わらないって感じてもらえたらいいなと。
料理で言うと、昔のお客様はアラカルトなど、自分で料理を選びたいという方がほとんどだったんです。食材が書いてあれば「こういうふうに作って欲しい」と言われる方も多かったんですけど、今は違います。今のお客様は、ほとんどメニューは聞かずに、自分の苦手とか好き嫌いだけをこちらに情報として伝え、後はこちらが作るっていうスタイルに変わってきていると思います。毎回こうやって欲しいと言われるのも大変なんですけども、おまかせとして、料理を任せられるのもまた違った大変さがありますね。
-口コミなどを拝見したところ、非常に多くの方がおもてなしに関して満足されていらっしゃいますよね。お店が大事にされていることの1つなのかなと思うのですが、どういうふうに意識してお客様と接していらっしゃるのでしょうか?
まずはやはり「お帰りなさい」というようなアットホームな対応ですね。そんなに頻繁に来られるような価格帯でもないので、ひょっとしたら、一生に1回限りのお客様もいらっしゃると思うので、まずは温かくお出迎えして、緊張をほぐしてあげるじゃないですけども、言葉をかけてあげることを意識しています。一見のお客様も常連のお客様もあまり区別しないですね。もちろん、何度もお会いしているお客様には、より親しくお話しさせていただいたりはしますけど、サービスに関しての区別は、ほぼつけてないです。
-「料理の説明がすごく丁寧だ」という口コミも多数あって、まるで情景が目に浮かぶように説明してくださるともありました。
やはり、熟練の技だと思います。ウィットに富んだ説明をしているみたいですね。
-シェフが素材だったりとか、調理方法だったり、色々なこだわりをホールに出られる方にしっかりと共有されているということですね。
後は、料理のポイントなどもですね。おもてなしで言うと、オーナーのトキさんが、ほとんどのテーブルに挨拶に行っていると思います。可能な限り、お帰りの際にはお見送りもしていると思うんですね。
-お客様もマダムが挨拶に来てくださったら喜びますよね。マダムの情報が少ないので「本当に実在するんだね」みたいな会話も生まれそうです。
マダムは本当に実在するんですが、あまり自分が前にというタイプではないんです。今日も接客中です。
5代目料理長として、30周年を迎える新しい「マダム・トキ」への挑戦と葛藤
-次に、高嶋シェフ自身のお話をお聞かせいただきたいです。まず簡単に今までの経歴についてお聞かせください。
昔「料理天国」という番組があったんです。辻調理師学校の先生が料理を作って、それをグルメタレントの方が美味しそうに食べるという番組で、それを見て漠然と料理の世界に憧れがありました。また、実家で出てくる母親や祖母の作ってくれるご飯がすごく美味しかったっていうのも1つですね。常に美味しいご飯が出てきて、毎日の食事が子供の頃から本当に楽しかったんですよね。
その流れで高校を卒業してから調理師学校に進むんですけども、就職してある程度経験を積んだ後に、24歳で渡仏しました。
帰国後は、自由が丘のお店で初めての料理長を務めました。2年間お世話になった後に、西麻布にあったお店で5年間働いていました。そんなこんなで、次はもう少し規模の大きいお店に挑戦したいなとみていたところで、ちょうど「レストラン マダム・トキ」に出会ったんです。本当は新しくオープンするお店が良いかなと思っていたんですけど、話を聞きに行った時がちょうどお店の30周年のタイミングで。僕を迎えるにあたり「料理から何から一新して、新しくしていきたい」という話をしてくださったので、新規オープンではないけども、新たな挑戦ができるかなと思い、ここでやってみようと思ったのがきっかけでした。
でも、最初はすごく緊張しましたね。毎回お店が変わるごとに緊張するんですけど。今回は特に伝統のあるレストランで料理長をするという責任感を感じて、頑張らなきゃという気持ちでした。今までのお店と、新たにマダムが目指す新しいお店の合間をどうすり合わせていけばいいかなと、結構色々と悩みましたね。
料理に関していうと、昔からあるものをこのままやっていていいのかとか。一方、これを廃止してしまったら、今までお店を支えてくれてきたお客様が、がっかりするんじゃないかとか、色々と考えましたね。試行錯誤しながら今日まで来ているんですけども、本当に今でも難しいですね。
-具体的に、特にここが難しかったなということはありますか?
正直最初は、従来のサービスの仕方に関して「どうなんだろうな」と疑問に感じていたこともありました。ホールのスタッフは、ほとんど僕より年上で。だけど、ホールに出て、実際に感動していらっしゃるお客様を見ているうちに、こういうサービスもありだし、それはそれで、僕は僕で今やりたい料理に挑戦する。そして昔からある料理はアラカルトで残して、バランスをとっていく。とにかく自分の役割を一生懸命やればいいかって思うようになったら、だいぶ楽になりましたね。そういう気持ちになるまで2~3年かかりましたが。
スタッフの人達の気持ちもだんだんと理解するようになってきて。今ではすごく良かったなと思っています。それぞれ違う方向性とか、考えを持っている人達を受け入れるじゃないですけども、今はそういう考え方は非常に役に立っているなと感じますね。
-次は料理に関して教えてください。伝統と現代の狭間で大変だった時期もあったと思うんですけども、高嶋シェフが料理でこだわっていらっしゃることはどんなことになりますか?
月並みですが、もちろん新鮮で上質な旬の食材を使うことですね。これは絶対条件です。料理に関しては、フランス料理として、ちゃんと美味しい料理を出していきたいと思っています。
メニューの研究も日々やっていますね。頭には色々な食材同士の組み合わせが、浮かんでは消え、浮かんでは消えたりするんですけども、美味しいと思って実際作ってみても美味しくなかったりするので、難しいですが日々試行錯誤しています。
最近は、エンターテイメントではないですけども、物珍しさだけを追いかけるような風潮があったり、サステイナブルだけを意識して料理したりとかもあると思うんです。ですが「レストラン マダム・トキ」は、料理はしっかり作ってきちんと美味しい料理を出す、ここを意識しています。
お店のお客様の特性ももちろんあるんですけども、様々な方が色々なシチュエーションでご来店されているので、シンプルに美味しいものを出したいという気持ちが強いです。
-料理が“美しくある”ことにもこだわっているというふうに拝見したのですが。
そうですね。“美しい”の定義も時代と共に変わってきていると思っています。ちょっと前の10年とか20年前はソースをギュッと入れたりするのが、いわゆる綺麗っていう料理だったと思うんです。でも今はちょっと変わってきているなと思っていて。まず食材が新鮮で清潔、その食材の形は不格好でも、その断面が美しいとか。ツヤがあってハリがあるとか、そういう健康的な食材はそれだけで綺麗だと思うんですよね。
お客様もそういうのを日々感じていると思うんです、そういうお店も増えてますし。今の美しい料理っていうのは、そういう食材をきちんと調理して、飾るっていうよりはもっとナチュラルに盛り付けするっていうのが多分、今、1番美しいって感じるんだと思うんですよね。なので、僕もそれを意識して作っています。10年前の料理と比べると、ちょっと見た目とか方向性が違うと思うんですけども。
-名物料理に関してもお聞きしたいのですが、まず「カルピスバター」について教えてください。
創業者であるマダムの旦那さんですね。もう亡くなってしまったんですけども、ヨーロッパを旅していて、レストランで食事をした時に大きいバターの塊からヘラでバターを客席に取り分けるのを見て、すごく感動したそうなんです。
それで日本に帰ってきたら、必ずこういうのをやろうという思いで帰ってきたそうです。バターはカルピスバターを使って、そこにちょっとバニラのフレーバーをプラスしています。爽やかな乳酸菌とバニラの香りがするバターを大きな塊にして提供しています。
-お客様もすごく喜びそうですね。実際にそういうバターは見たことがないので、私もぜひ食べてみたいです。
でも、新型コロナウイルスの影響でずっとお休みしているんですよ。今は厨房で切り分けたものを提供しています。中身は同じバターなんですけど、バットに流し固めて。それをカットしてお出しする形です。今までは大きなバターをテーブルに置いて、カットしたものをお出ししていたんですが。早く状況も落ち着いて、元のスタイルに戻したいですね。
-ワゴンデセールに関しても教えてください。
ワゴンデセールは、やはりお客様は大好きですね。先ほどの話に戻るんですけど、僕がここに就任した当時は、アシェットデセールをやりたかったんですよね。
でもやっぱりお客様の支持には、抗えなかったですね。一時はアシェットデセール5種類と、ワゴンデセールをチョイス制にしていた時期もあるんです。または両方選べばプラスいくらみたいにしていた時も。でもやっぱり、ワゴンデセールは支持が高いということで、複雑な気持ちでしたが、今はワゴンデセールに落ち着いています。ささやかな抵抗じゃないですけども、アヴァンデセールとしてワゴンデセールの前にちょっとした小さいデザートを作って出したりもしています。
-ワゴンデセールはシェフが作っているのではないんですか?
正面入り口近くにブティックがあるんですけども、そこにシェフパティシエがいますので、ワゴンデセールはそちらが担当しています。ワゴンデセールにも定番が3~4種類あるのですが、それ以外は季節で変えていますね。時々「こういうフルーツを使ったデザートを入れて欲しい」とかを相談したりしています。
-40年ぐらい歴史のあるデザートもあると伺ったのですが。
ありますよ。グラッパを大量に入れたムースなんですけども、後はシンプルに牛乳と卵だけで作ったプリンとか。
-お客様の支持がずっとあるから、何十年も続けられているんですね。
1度のワゴンデセールではどのくらいの種類を提供されているんですか?
大体8~11種類ですね。夏は暑いのでムース系はちょっと難しくなってくるため、ちょっと種類が減ったりします。フルーツのコンポートとかに変えたりはするんですけど。
-そんなに多くの種類から好きに選べるとなったら、お客様も嬉しいですよね。
別腹ってこういうことなんだ、という方がいっぱいいますね。
-この他に、スペシャリテはどんなものがあるんですか?
季節ごとに出す定番の料理はもちろんあるんですけども、正直スペシャリテはないんです。最近は、料理感もちょっと変わってきたりしていまして、料理に付け合せの野菜はいらないんじゃないかとか思ったり。コースで色々と食べてますので、どこかで野菜料理があれば、全ての皿に野菜がつく必要はないんじゃないかとか。
例えば「この料理を絶対食べたい」とお客様が仰るなら、それをメニューに組み込んだりするんですけども、絶対にこれっていうよりは、その時の状況に合わせてお客様が求める料理をメニューに載せるスタイルです。
-なるほど。やはりそこにもお客様を大事にされるアットホーム感を感じます。
そうですね、お客様が中心じゃないですけども、そういう考えは店の柱みたいなところがありますね。
日本の食材を学び、SNSなどの発信も強化
-今後、挑戦していきたい取り組みなどがあれば教えてください。
新型コロナウイルスが落ち着いたら、日本の食材をもっと勉強したいと思っています。
世界情勢の影響など、色々とあってなかなか外国の食材を入手するのが難しいという背景もあるんですけども、以前から少しずつ思っていたので実現していきたいです。「レストラン マダム・トキ」という場を借りつつ、少しずつ発信していければいいなと思っています。SNSの更新などもすっかりできていなかったのですが、今年はちょっとずつ自分でやっていきたいとも考えていますね。
後は、少しずつ色々な人と関わって、一緒に何かできればと思っていますね。
今までもフランスのワインの造り手の方とか、昔親交のあった方とかが来日された時には、一緒にコラボしてみたりとかもあったんですけども。今後はより、仲間みたいな感じの雰囲気でやれたらって思っています。
-最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
今の時勢にもちょっと絡むんですけども、やはりレストランは楽しい場所ですから、大いに出かけてほしいですね。「レストラン マダム・トキ」のようなお店に来る時は、人によってはいらっしゃる前から洋服を新しく買ったり、美容院に行ったり、来る前から楽しみが始まっていると思うんです。やっぱり華がある場所なので、人生の彩りの場として、大いに楽しんで来店してほしいですね。必ず嬉しい気持ちで帰ることができると思うんですよ。ぜひお待ちしております。
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高嶋寿
1972年2月12日生まれ
山形県出身
専門学校を卒業後都内のレストランに勤務し1997年に渡仏
ル・ジャルダン・デ・サンス(三ツ星)
オーベルジ・デ・クロ・ド・シーム(二ツ星)などで約3年半働く
帰国後プティマルシェ(自由が丘)、アルモニ(西麻布)などでシェフとして勤務
2008年よりマダム・トキのシェフに就任
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