静岡県・浜松駅から徒歩10分ほどの場所に店を構える「勢麟」。春は山菜を用いた天ぷら屋、夏には鱧屋・鰻屋、冬にはふぐ屋と、季節ごとの旬を堪能する“食べ物屋”として、食通を唸らす予約困難店です。今回は大将・長谷部敦成氏にKIWAMINO編集部がインタビューを実施。“食べ物屋”と称する店や料理へのこだわり、今後の展望など、多岐にわたってお話を伺いました。
料理人としての感性を高めた10年の修業時代
-料理の世界へ入られた経緯、なかでも日本料理の道に進まれたご理由をお聞かせください。
元々、食べることや飲むことが好きだったのと、手に職を付けたいという思いがあり、料理の道に進みました。小さい頃、父親に山菜採りや釣りに連れて行ってもらったのもひとつの原体験で、馴染みのある天ぷらや古典的な煮物などの料理ができればいいなと、自然と日本料理を始めました。
-修業時代に特に印象に残っていることや現在に活かされていることについてお聞かせください。
19歳の頃に料理の世界に入り、約10年修業をしました。とにかく技術力を高めるために必死に働きましたが、当時、追いこんでくれた親方達が居たので、普通の人以上の経験ができ、今に繋がっていることがいっぱいありますね。修業先では、直接料理について教わることは少なく、それ以外の感覚や感性といった部分でたくさんのことを教えていただきました。例えば「桜が咲いたから、そろそろこの食材が美味しいよ」や「梅の花が咲いたから、冬の平目やふぐはもう使うなよ」とか、そんなことを伝えてもらっていました。他にも小唄や三味線など日本文化を教えてもらったのですが、古典的な文化って、実は食文化とも繋がるんですよね。
-例えばどのような点でしょうか。
例えば、食事をする際のマナーだったり、日本人だからこそ配慮できる接客の仕方などは、お座敷の文化から来ていることってたくさんあると思うんですね。さらに、包丁の使い方や箸で盛り付ける際に手をどのように添えるのか……。細部にも美意識が宿ると思うので、そういう感覚的なことも勉強させてもらいました。
季節ごとに主役が変わる“食べ物屋”としての在り方
-「勢麟」をオープンされるまでの経緯や、店のコンセプトについてお聞かせください。
元々修業は10年で上がらせてもらいたいと思っていましたので、そのタイミングで独立をしました。店のコンセプトは“食べ物屋”。静岡県・浜松の遠州という地域には、目玉になる食材が季節ごとにあるので、その食材にフォーカスして、魅力を最大限に引きだせるように“専門屋”をやるイメージです。春先には山菜がたくさん獲れますし、海では天然の大きい車海老や穴子、小魚が美味しくなる時期なんです。なので、そういう食材を美味しく食べてもらうなら、天ぷらが一番。だから春はメインで天ぷら屋をやっています。梅雨の時期は鱧。夏は天然の鰻がいっぱい水揚げされるので鰻屋。さらに冬になると今度はふぐ。食材に恵まれている場所で、その目玉となる商品に合わせて自分が仕事をしています。
-「勢麟」ならではの料理の特徴や魅力とはどのようなものでしょうか。
修業時代から大事にしてきたことですが、基本的には煮る・焼く・揚げるなどといった、それぞれの仕事の精度を高めることをずっとやっています。例えば同じ鯛でも、生で食べるべきか、煮付けにすべきものなのかというのを自分の中で細かく分けているんです。なので、シンプルな調理法ではあるんですが、同じ魚でも、それくらい目利きをしながら調理をしているのは特徴です。
-どのような点にこだわり、食材の仕入れや仕分けをされていらっしゃいますか。
実際に競りの場では、2~3秒で決断をするので、一瞬で見極めています。魚だったら魚の体付きを見て、生きたもの、生命力があるかどうかっていうのが、だんだん分かってくるんです。それが目利きのポイントのひとつですね。修業って、口で説明しきれない感覚を磨く場だと思っていて。自分の感覚が鋭く研がれてないと、うまいものは絶対作れないと思ってます。修業先の親方には、色々な世界を見てそういう感覚を研ぎ澄ましなさいよ、と教えてもらったことが全部今に繋がっていますね。
-出汁は、料理を作るうえで欠かせない要素だと思います。出汁に使用する素材や水などへのこだわりをお聞かせください。
基本的に鰹節や昆布の出汁を使用することはほぼないんです。魚さえちゃんとしていれば、他のものを排除していくことができたので、今は、魚と水だけで出汁を取っています。やはり魚の仕分けが綺麗にできてくると、それだけでおいしい出汁が取れます。また、よく加熱しないと出汁が出ないと勘違いしている人がいるんですが、生の刻んだ魚を水の中に入れて時間を置くだけの水出しの方法でも濃い出汁が出るんです。出汁を取ることに向いた魚をきちんと使用すれば、何をやっても生臭さを一切感じないで作れます。
さらに煮付けを作る時に、その魚の身から引いた出汁を使って魚をもう1回炊いたりするんです。普通、煮付けを作る際に1匹で済むところを、2匹使って作ったりとか、そういうこともしています。その方が個々の魚のいい所や特徴を引き出せると思っています。
-料理を彩る器などへは、どのようなこだわりをお持ちでしょうか。
開業した当初みたいに、素晴らしい器を支度しようという意識が今は少し薄れてきています。というのもやはりコンセプトで“食べ物を食べる”ということがメインと考えた時に、定食屋さんの方向に考えが変わってきました。定食屋さんで器を見ることってなかなかなくて食事に集中している。いい器は使っているんですが、それよりも料理に注目してもらいたいですね。
逆に、今一番大事にしているのは箸なんです。「利休箸」を使っています。「利休箸」って白いものや、赤く染めているものが一般的なんですが、うちで出しているのは、杉の木の中心にある赤く色付いている赤杉のみで作られたものなんです。いいものを使って料理を食べてもらいたいという想いで、赤杉の箸をご用意しています。
全国のいい食材・いい料理人が生きれる場所を作っていきたい
-現在挑戦されていることについてお聞かせください。
今、なかなか理想とする材料が手に入らなくなっていることが一番の心配事項です。やはり温暖化の影響で海水温の上昇があって、悪いプランクトンが増えて魚にも影響があるんです。毎日、お客様に100パーセントって思えるものを出すことが難しくなってしまって、営業日もなくなく減らさざるを得ないんです。ただ、自分の中では、いい材料がなければ営業しないという方向で、仕入れの基準値は下げないです。一方で「麟」という鰻屋を立ち上げたり、いい料理人と縁があったので焼鳥、焼き肉屋をやらせてもらっています。
-今後挑戦されたいことについてはいかがでしょうか。
実は今、宮古島でも店をやりたくて、それに向けて動いているところです。素晴らしい料理人って全国にたくさんいるんです。ただ素晴らしい料理人が生きれる場所を作るには、いい店を作らないといけない。全国各地にいい材料があって、いい料理人がいるなら、その人が輝ける手伝いをしていきたいと思っています。
あとは、自分自身をもっと突き詰めた料理。10人のうち1人が分かるようなマニアックな料理を作っていきたいな、とも思います。分かりやすく美味しい味を作るのではなく、なんでこの味になるのか分からない、みたいな料理を作りたいんです。誰にでもウケるとかではなく、本当に物好きが集まる店づくりもしていきたいですね。
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長谷部敦成氏 プロフィール
1989年生まれ。19歳より料理の道で修行開始。2013年より日本料理「勢呂久」に師事。
浜松の風土・食材に惚れ込み、2018年には日本料理「勢麟」を開業。その他にも鰻専門店・焼き鳥専門店を開業し、全ての店が予約困難店となり、平均の予約待ちが1年ほどになっている。浜松には四季を通して常に全国のトップクラスで戦える食材の宝庫であると語り、厳選した食材と卓越した技術で全国のファンを魅了している。
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【編集後記】
時折冗談を交えながら、一つひとつの質問に丁寧にお答えくださった長谷部氏。春夏秋冬の旬食材と、徹底的な目利きで生み出される逸品と長谷部氏の人柄が多くのゲストを魅了するのだろうと実感しました。季節の味覚を味わい尽くす食体験を求めに、一度訪れてみてはいかがでしょうか。
※こちらの記事は2024年11月20日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。