目黒「Kabi」安田翔平氏・江本賢太郎氏に聞く、発酵技術を用いて織りなすイノベーティブな料理とドリンクの世界

東京・目黒通り沿いにお店を構える「Kabi」は、古民家の趣を残すスタイリッシュな空間が魅力のレストラン。日本の食材や食文化と発酵を掛け合わせた、イノベーティブな料理が評判を呼んでいます。今回は、共同オーナーであるシェフ・安田翔平氏とソムリエ・江本賢太郎氏にKIWAMINO編集部がインタビュー。お二人が出会ったきっかけから、料理とドリンクに対する思いまで幅広くお話を伺いました。

お互い国内外で研鑽を積んだ後、ワインバーを訪れた際に意気投合

-シェフとソムリエ、それぞれの道を選ばれたきっかけについてお聞かせください。

(安田翔平氏:以下安田)もともと父が料理人でして、フランスで働いていたこともあったんです。僕が幼稚園の頃日本に帰ってきて、地元の岡山県で独立。今もビストロを営んでいて、そんな父の姿を見ながら育ってきました。毎週水曜日は父が休みで、よく家でフランス料理を作ってくれていましたね。
祖父は自然栽培で野菜を作っていましたし、母や祖母は料理上手。そういった家族の影響もあって、高校を卒業したあとは「辻調理師専門学校」へ進もうと決めていました。

(江本賢太郎氏:以下江本)高校進学を考えていた時期、両親から「勉強するか、手に職をつけるか決めた方がいい」と言われていて。最終的には、手に職をつけるべく料理人を目指すことにしました。もともとレストランへ行くことが好きだったので、自分のお店を持ちたいなと。ただ、当時は学生でお酒を飲めなかったので、サービスやソムリエになりたいとは考えてもいませんでした。

料理系の高校へ進んだあとは「辻調理師専門学校」のフランス校へ。フランスでは、ヴィシーという地域の二つ星レストランで研修をしていたのですが、同僚に歳が近いソムリエの卵のような人がいたんです。休みの日によくその人に付いていってワインの勉強をしていたら、すごく楽しくなってきて。そうしてソムリエの道にも興味を持ち始めました。

-お二人とも、日本のみならず海外でも研鑽を積まれておられますね。

安田:お話ししたとおり、実は僕ら同じ専門学校に通っていたんです。ただお互いの研修の時期が少しずれていたので、僕がヴィシーのレストランを訪れた時に彼を見たかもしれないなという程度。日本人がたくさん働いていたのもあって、やや記憶が曖昧なんです。
専門学校を出たあとは、一度日本へ戻り大阪へ。東京やデンマークのコペンハーゲンでも働きました。他の国も考えましたが、北欧が一番自分に合っているなと。

江本:僕はフランスでの研修後、サービス側にシフトチェンジ。日本へ戻ってからは「銀座 レカン」で一年ほどお世話になりました。その頃先輩が「もっとワインに触れてみたほうがいいよ」とアドバイスをしてくださったことをきっかけに、麹町の「オー・プロヴァンソー」というお店をご紹介いただき、2年ほど働きました。

その後は、アメリカ・カリフォルニア大学のデービス校(UC Davis)へ短期留学。そこからオーストラリアのアデレードヒルズやバロッサバレーへ行って、ブドウの栽培や収穫などワイン造りの工程をひと通り学びました。メルボルンのフレンチレストランに移ってから、ある日シェフに「新しくお店をやりたいから、シェフソムリエやマネージャーができる人を探しているんだ」と声を掛けていただいて。1年ほど働いてから日本に帰ってきました。

-日本に戻ってから、お二人はどのタイミングでお知り合いになられたのでしょうか。

安田:僕がコペンハーゲンから戻ったばかりの時、たまたま「Kabi」の隣にあるワインバーを訪れたところ、ちょうど彼もそのお店にいまして。それが知り合ったきっかけですね。

江本:僕が電話をしに外へ出たところ、横から彼が声を掛けてくれたのでほろ酔い気分で話したんです。共通の知り合いも同席していたので、打ち解けやすかった気がします。

日本の文化や食材を世界に発信すべく「Kabi」をオープン

-割とラフな雰囲気で知り合われたのですね!そこから「Kabi」のオープンまではどのような流れだったのでしょうか。

江本:その翌日に、僕が知人とワインのイベントすることになっていて。「おいでよ」と彼に声を掛けたら来てくれたんですよね。それからも連絡を取り合っていたところ、一緒にイベントをやろうかという流れになりまして。

安田:二人ともお酒が好きでよく飲み歩いていたので、蓄えがないよねって(笑)。

江本:はい(笑)。皮切りに下北沢の「サーモンアンドトラウト」というお店でイベントをしまして。その後も何回かイベントを続けていくうちに「うちのお店でもイベントをしてほしい」と声を掛けていただけるようになったんです。国内の様々な地域に足を運びました。

安田:ただ、食材やワインを保存する場所がなくて。イベントの際はお店に直接送っていましたが、やっぱり自分たちの箱(店舗)が欲しいよねという話をしていたので、そこから一緒にお店やろうかと。

-イベントを重ねたことが、お二人が独立するうえでの良い準備期間になったような気がします。「Kabi」をオープンされる際、コンセプトなど話し合われたことはございますか。

江本:店名は、最初に彼と出会った日一緒にいた知人が考えてくれたんです。僕も彼も正直店名に対してこだわっていなかったのですが、言いやすくて覚えやすい名前がいいなと思っていました。どの国の人でも同じように発音できて、他にはないような感じ。深い意味はなくてもいいかなと。

安田:コンセプトは、日本のものを世界に発信することですね。食文化や食材など、和のものを活かしていきたいと考えていました。

-お店のスタイリッシュな内装も魅力の一つだと感じます。この場所や物件を選ばれたのは、どのような理由からでしょうか。

安田:それも、さっきのワインバーにいた時にここの地主の方がいらして。物件を探していると話したら「うちでやればいい」と言ってくださったんです。それまでにも10軒くらい見て回っていたのですが、いまいちピンと来なくて。隣にある物件ですから、すぐ店内を見せてくれて、そのまま「ここでお願いしたいです」って。

このお店は古民家をリノベーションしたもので、もともとは家具屋だったんです。今となっては目黒通りで一番古い建物になりまして、そういった空間を活かすことも「Kabi」のコンセプトに合うなと。デザイナーさんにも和と洋のバランスを考えていただきつつ、僕たちで家具やインテリアを選びました。

「Kabi」ならではのイノベーティブな料理とドリンクの世界

-日本の食材や食文化を、オリジナリティ溢れる料理で発信している「Kabi」。お店ならではの料理の魅力についてお聞かせください。

安田:オープン当初と現在の料理を比べると、今の方がより和に寄ってきた気がします。色々なお店へ足を運んでインスピレーションを膨らませるなど、今でも勉強は続けています。僕が持つヨーロッパ料理のテイストと、発酵を活かした日本の食材を掛け合わせながら、一つの料理にしていくという感じですね。

-発酵と一言で言っても、様々な食材があると思います。「Kabi」では、どのようなかたちで料理に発酵素材を盛り込んでいるのでしょうか。

安田:例えば、トマトを発酵させたジュースを料理のソースに使ったりします。乳酸発酵させることで出汁のような旨味が出るんです。もちろん味噌や米麹などもよく使いますし、変わり種で言うとボタンエビの頭を使って出汁醤油のようなものも作っています。

-発酵素材って、とても手間暇をかけて作るものというイメージがあります。

安田:たまに「元気かな?」って容器を揺らすくらいで、基本的には置いておくだけ。皆さん「コンブチャ」をご存じかと思うのですが、うちのお店はセラーにベースとなるお茶を置いておくと、自然と「コンブチャ」ができあがるんです。もちろん最初からそういう環境だったわけではなく、何度か店内で発酵させているうち徐々にですが。内装の古い木に、菌が住み着いているらしいです。

-料理を作る際は、どんなことを意識されていますか。

安田:同じ料理は作らず、一度作った料理は何かしらのアレンジを加えてお出ししています。コースメニューも毎月8品ほど頑張って考えていますが、毎日少しずつ違うものを出しているんです。魚だって使う部位によって脂の量なんかも違いますから、ソースをちょっとだけ変えてみるとか。「適当」ではなく「最適」を目指すのがこだわりですね。

日本料理の文化って、季節感や旬の食材が欠かせません。そういったことを意識しながら発酵素材を掛け合わせています。今は2月で冬が終わる頃、春というにはまだ少し早い時期ですよね。季節の変わり目と考えると、例えば去年作った山菜のオイルを冬のメニューに少し垂らして、春が近付いてきていることを表現したり。

仕入れについては、オーガニックの野菜を農家さんから直接送っていただいています。今は5~6人くらいの方と契約していて、どなたも信頼の置ける良い農家さんです。現地へ足を運んでみることもありますね。

-「Kabi」ならではの料理を表現するのに欠かせないのが、個性豊かなドリンク。アルコールからノンアルコールまで幅広い種類のドリンクを提供しておられますが、ペアリングをする際のこだわりについてお聞かせください。

江本:ワインは自然の造りのものが多いですね。最近はナチュラルやオーガニックの定義が難しいのですが、あくまでも自分が思う自然な造りのワインを選ぶようにしていて。その他、ビール・シャンパン・日本酒などバリエーションも豊富に揃えています。

ノンアルコールについては料理と同じく、季節の野菜で作ったジュースを発酵させたりしています。フレッシュで使いきれなかったもの、野菜の皮などから香りや出汁を取ることもありますね。

僕の考え方のベースは、やはりワインです。単体で飲んで美味しいことはもちろん、料理と合わせることでさらに美味しく感じられたり、別の角度から味を楽しめたりするのもワインの魅力かなと。ペアリングやマリアージュといった見方を全くしていないわけではありませんが、どちらかと言うとドリンクコースという考え方だと思っています。僕が作るドリンクコースと彼が作る料理のコース、それぞれが確立しているイメージですね。

特に彼が作る料理は、ソースが隠れていたりして食べ進めると味が変化していく料理が多いんです。だからこそ、料理にドリンクを合わせるという考えにはならない。とはいえ、お客さんがイメージしやすいような表現として、ペアリングという言葉を使うことはありますよ。コースと一緒にドリンクが出てくるということが、イメージしやすいかなと。

7~8年ほど前は、自然な造りのワインをベースにしたコースのみのレストラン、それこそノンアルコールまで扱っているお店は少なかったと思うんです。だからこそKabiでそれを実現したら、日本でかなり珍しいお店になるわけですから面白いかなと。そういったことを考えながら「Kabi」をオープンしました。

-色とりどりのノンアルコールドリンクは、目でも楽しめそうですね。

江本:味はもちろんですが、見た目も意識しています。カットしたリンゴが酸化して茶色くなるように、何も考えずに作ってしまうとどうしても茶色っぽいドリンクになりがちです。そこは見た目から、美味しさや楽しさを感じ取ってもらえるようにしたいですね。お店に来ていただいて、見た目も綺麗な料理とドリンクが出てきて、気分がワッと高揚する感じ。“レストランマジック”のようなものがあると思っているので、ドリンクもその一つになればいいなと。

基本的に僕はお酒が大好きな人間なのですが、ノンアルコールを始めたのはお酒を飲めない人にもレストランを楽しんでほしいという思いからです。今までジュースやお水ばかり選んでいた人にも、ノンアルコールドリンクを味わっていただきたいですね。

オーベルジュ開業や後輩への継承、お二人が描く未来とは

-「ミシュランガイド東京2024」の掲載おめでとうございます。感想などございましたらお聞かせいただけますか。

安田:自分がというよりも、お店のスタッフや親、業者の人たちまで喜んでくれたのが嬉しかったです。親孝行もできたかなと。周りの人たちが自分以上に喜んでくれているのを見て、改めて良かったなと思いました。

江本:僕も全く一緒です。うちは若いスタッフが多いので、もし別のお店に移るってなっても星付きのお店で働いていたと言えますからね。そういった意味も含めて良かったなと。

-これからも続けていきたいこと、今後挑戦していきたいことがあればお聞かせください。

安田:もともと宿に泊まるのが好きなので、近い将来は白馬でこぢんまりとしたオーベルジュをやりたいと思っていて。3年後くらいを目安に考えています。あとは、毎日使っている包丁を大切に扱うことと、お皿を集めることも続けていきたいです。

江本:今もそうですが、ワインは買い続けていきたいですね。と言うのも、僕は昔先輩から有名なワインを飲ませていただいていたので、今度は僕が後輩にそうする番かなと。「ワインってこういう風に熟成していくんだよ」とか「昔はこういうワインがあってね」という話もしてあげたいんです。

あとは、ワインを造りたい。造る過程に携わったことはありますが、自分で一から造ったことはまだないので「こんな風にできるんだ」という感動を味わってみたいですね。

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プロフィール
安田翔平氏:
岡山県出身。「エコール 辻󠄀 大阪 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ」に進学。「辻調グループ フランス校」を2011年に卒業後、大阪のフランス料理店「ラ・シーム」に就職。続く東京・白金「ティルプス」では、スーシェフとしてミシュランガイド史上最速での一つ星獲得に貢献。その後、デンマークへ渡り、ボーンホルム島とコペンハーゲンに店を構える一つ星レストラン「カドー」でシェフを務める。2016年12月に帰国し、2017年11月、東京・目黒に江本賢太郎さんと「Kabi」をオープン。

江本賢太郎氏:
山口県出身。「エコール 辻󠄀 大阪 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ」に進学。「辻調グループ フランス校」を2010年に卒業後、東京のフランス料理店「銀座レカン」に就職。続く東京・麹町「オー・プロヴァンソー」でサービス、ワイン業に従事。その後「カリフォルニア大学 デービス校」に留学、オーストラリアへ。アデレードやバロッサのワイナリーでワイン造りを学びつつ、メルボルンのイノベーティブレストラン「NORA」でソムリエを務める。2016年12月に帰国し、2017年11月、東京・目黒に安田翔平さんと「Kabi」をオープン。
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イノベーティブ

Kabi

東急目黒線 不動前駅 駅から約14分

20,000円〜29,999円

【編集後記】
時折笑いを交えながら、和やかな雰囲気で進んだインタビュー。お二人とも、終始飾らず自然体な受け答えをしてくださったのが印象的でした。また、店内で準備をするスタッフの方々からも、仲の良さそうな雰囲気が伝わってきました。訪れるたびに魅力が異なる料理と目でも舌でも楽しめるドリンクの饗宴を、ぜひ一度体験してみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2024年04月09日作成時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Yuri

校正の仕事に興味を持ち、スクールを経て一休コンシェルジュ編集部へ。好き嫌いはほぼなし。食べることが大好きで、どんなものでも美味しく・楽しくいただきます。編集部メンバーとのお店巡りが最近のマイブーム。もう少しお酒が強くなりたいと思う今日この頃です。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:さ行/デンクシフロリ/BLESS/レストラン プルニエ/ラフィナージュ

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