福岡「Syn」大野尚斗氏に聞く、バックパッカーの経験を活かし「料理」と「旅」を軸に作り上げるフランス料理の魅力

福岡県・大濠公園や福岡市美術館のほど近くに佇む「Syn」は、2023年6月にオープンしたフレンチレストランです。今回は、KIWAMINO編集部がシェフ・大野尚斗氏にインタビューを実施。世界中を旅する“バックパッカー料理人”としての経験をはじめ、料理に対する思いや未来への展望など様々なお話を伺いました。

両親はバックパッカー!その影響から自身も旅好きに

-まずは、料理人の道を選ばれたきっかけについてお聞かせください。

もともと、食べることが好きで小さい頃から食欲旺盛でした。小学校5年生のとき、誕生日に両親の知人が営むフレンチレストランへ連れて行ってもらい、その際に食べた鴨料理がものすごく美味しかったことを覚えています。

その後、高校卒業前の進路を決める時期に。食べることのほかに絵を描くことも好きだったので、将来は料理人か漫画家になりたいと考えていたんです。「レストランで働けば美味しいものが食べられるのではないか」と思い、最終的に料理の道を選びました。

うちは、両親がもともとバックパッカーという家庭でして、親の影響もあってか僕も旅好きに育ちました。初めて一人旅をしたのは中学2年生のとき。テレビで見た八朔饅頭を求めて、広島の因島まで行ったのはいい思い出です。ヒッチハイクや野宿も初めて経験しました。

「食のハーバード」とも言われる、アメリカの名門・CIAでの学生時代

-とてもアクティブな学生時代だったのですね。その後アメリカに行かれたのはいつ頃ですか。

高校を卒業してからは、地元・福岡のレストランで修業を始めていたのですが、あるときテレビでアメリカのCIA(※)という料理学校のことを知りまして。見学に行かせてもらったら、すごくいい環境だったんです。「この学校に通ったら世界中に友達ができる」と思い、頑張って英語を勉強して通えることになりました。書くことは苦手でしたが、話すのはわりと得意。とは言え、外国人がCIAに入学するには英語はもちろん数学のテストも必要ですので、苦労した部分も多かったです。

※「The Culinary Institute of America(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)」

-CIA在学中は、どのように過ごされていたのでしょうか。

日本の調理師学校では学校側が受け入れ先を斡旋するみたいですが、CIAではエクスターンシップと言い、自主的に働きたいお店を探して、見つけることができなければ留年するか退学するか。完全に自分で動かなければならないんです。

20歳の頃は働いていた地元のレストランくらいしかお店を知らず、ほかのお店の料理をきちんと食べたことがありませんでした。それもあって夏休みに日本に帰った際、東京にある「レストラン カンテサンス」と京都の「未在」へ一人で行ってみることに。初めてレベルの高いレストランに行って、料理の質の高さと世界観にすごく驚きました。

CIAの卒業式の様子

夏休みが終わりCIAに戻ってからも、ニューヨーク中のお店を食べ歩いていました。ただ、当たり前ですがお金が掛かってしまうわけです。そんなとき「お金がないなら働けばいいじゃないか」と思いつきました。頑張って仕事をすると、そこのレストランに招待してくれるんです。無給で働く代わりに、無料で美味しい料理を食べさせてもらい、学ばせてもいただける。積極的に色々なお店で働きました。

-無給で働く代わりに、無料で美味しい料理を食べる。その考えに至ったシェフの発想力にも驚きですが、そういった文化があったのですね。

例えば、僕がエクスターンで選んだ「The NoMad(ノマド)」は、ニューヨークの有名レストラン「Eleven Madison Park(イレブン・マディソン・パーク)」のトップシェフたちが出店したカジュアルラインのお店。料理を食べに行ったらとても美味しかったので、毎週研修させてもらって。CIAのエクスターンもそのお店でやりたいと思っていました。

最初は断られてしまったのですが、あるときまかないを作ったことから認めてもらえるようになり、承諾していただきました。

働いている人や待遇など「The NoMad」の環境はすごく良いものでしたし「CIAを卒業したら働かないか」と声を掛けてもらっていたんです。でも、何となく自分は「もっと厳しい環境に身を置いたほうがいいのではないか」とも考えていました。

あるとき「The NoMad」のシェフに「世界一と言えるくらい、厳しいお店はどこか」と聞いてみたところ「シカゴにある『Alinea(アリニア)』だろう」と教えてもらって。卒業前に一度研修に行ってみたら、びっくりするほどキツかったんです。尋常ではない仕事量と独自のルールがたくさんあって、まさに軍隊のような厳しさ。研修へ行っても最初は何が何だかわからない状態でしたが、まずは掃除などの誰でもできる仕事を誰よりも頑張ろう、と一所懸命取り組みました。

そういった姿勢を認めてもらえたのか、研修最後の日にはシェフがディナーをご馳走してくれて。翌日には「ここで働かないか」と声を掛けていただき、就職することを決めました。

シカゴの有名レストランに就職、過酷な環境で研鑽を積む

-そこまで厳しいお店に就職!よくご決断されましたね。

「Alinea」での一枚

僕が入店したとき、スタッフは研修生を含めて20人ほどいたのですが、1週間ほどで12人まで減ってしまって。みんな厳しい環境に耐えきれず逃げてしまうんです。それでもお店は1年中満席ですから、やるしかない。仕込みを担当することになったのですが、最終的に僕も含めた2人だけで持ち場を任されて。そこからが本当にしんどかったですね。まかないを食べる暇もなく、朝5時から翌朝3時までノンストップで働くという日々が半年以上続きました。

そんな過酷な環境にあったわけですが、慣れてくると日付が変わるくらいの時間に仕事が終わるようになってくるんです。するとシェフから「早く終わったなら、何か料理を作ってみる?」と、普段はやらない仕事をやらせてもらえるようになって。新しい料理の試作に参加するなど、好奇心のままに手伝わせてもらっていました。

-普通では考えられないような過酷さですね……。そんな環境にありながらも、学びのチャンスを逃さない姿勢はさすがだと思います。

その後は、料理を担当する部門シェフやシェフパティシエとして、様々な持ち場を任されるように。本当はもっと長くいたかったのですが、ビザの関係上トータル1年半ほどの在籍となりました。スタッフ全員のモチベーションが高く、みんな「俺がやってやる」と意気込んでいる。そんな雰囲気がすごく好きでしたね。様々なお店で働きましたが、精神的にも体力的にも一番刺激的だったのは「Alinea」だと思います。

訪れた国は40か国以上!バックパックと包丁1本で世界を巡る

-「Alinea」のほかにも様々な国で働かれていたそうですね。特に印象に残っているお店はございますか。

「Faviken」での一枚

スウェーデンの「Faviken(フェーヴィケン)」も、すごく好きでした。料理が美味しいのはもちろんですが、営業中に怒り、動きを止めない。何か問題が発生したら、キッチン内にあるホワイトボードに書き留めておき、閉店後のミーティングで相談し合います。今日の反省を明日に活かして、より良い料理を出す。そうして成長を促していくのが素晴らしいなと。

あとは、日本の代官山にある「recte(レクテ)」ですね。ベーシックなフランス料理の技術と知識の多くを学ばせてもらいました。肉・魚・野菜の扱い方やレストランとしての在り方、僕自身の技術など、根本的な部分を鍛え直してくれたように思います。

-ご自身を「バックパッカー料理人」と謳われている大野シェフ。実際はどのようなスタイルで旅をされていたのでしょうか。

様々な国を巡ってきた大野シェフ

僕が勤務していた頃の「Alinea」には、今有名店のシェフをしている人が研修をしに来ていたので、色々な人と知り合う機会が多くて。そういう人たちに会いに行ったり、気になるお店に食べに行きそのまま働かせてもらったりしていました。毎日忙しかったので、自然とお金が貯まっていたんですよね。包丁1本とバックパック1つで旅をしていました。

自身の経験を料理で表現すべく「Syn」をオープン

-様々なご経歴を経て、2023年6月に「Syn」をオープン。独立までの経緯についてお聞かせください。

帰国後はお仕事をいただくこともありましたが、やはり自分のお店でないとクオリティの維持や向上が難しい。あとは「Alinea」や「Faviken」のように、トップを目指したいという気持ちもありましたから、やはり独立かなと。

最初は東京でお店を出そうと考えていましたが、福岡は空港も近く、県外や海外からもお客さんが来やすいですし、逆に僕たちも行きやすい。実はすごくポテンシャルを秘めているエリアなんですよね。物件探しには苦労しましたが、馴染みのある場所にお店を出すことができました。

-店名の「Syn」には「共に」という意味があるそうですが、どのような思いからこの名前に決められたのでしょうか。

店名はずっと前から決めていたものです。料理って、キッチンではなく食材が生まれた瞬間からはじまると思っているので、生産者さんたちがいなければ成り立ちません。さらに、器を作ってくださる職人さん、お店の工事をしてくださる方々、そしてお客さんなど、たくさんの人がいてくれるからこそお店をやっていけるわけです。
そういった人たちと共に、チーム全員でお店を成長させていきたいという思いを込めて「Syn」と名付けました。

「Syn」が謳う“キュイジーヌ・ヴォヤージュ”とは

-「Syn」のコンセプトは“キュイジーヌ・ヴォヤージュ”。「cuisine=料理」「voyage=旅」という意味合いがありますが、その言葉に込めた思いとは、どのようなものでしょうか。

自分自身を見つめ直した時に常に「旅」がありました。ただ、同じテーマを謳っているシェフはたくさんいるなと。個人的に少し抽象的な印象もあったので、もっと明確な一言で表現できないかと考えていたんです。

そんななか、2022年の「RED U-35」がちょうど「旅」をテーマにしていたので、挑戦してみることに。出場期間中、仲の良いシェフと食事をする機会があったのですが、そこで「旅」という言葉を「キュイジーヌ・ヴォヤージュ」と表現してみてはどうだろうという話になりまして。響きと語呂の良さからコレだとなりました。

座標を用いたユニークなメニュー

「旅」と言っても、旅行だけではなく想いを馳せることもある意味「旅」ですし、様々な解釈ができる自由な言葉だと思います。また、フランス料理についてもあらゆる国の文化から学んで進化してきた部分があるので、これもある意味自由なわけです。
そう考えると、僕が「旅」をテーマにフランス料理を作ることって間違っていないなと。フランス料理という根本的なものに、僕のアイデンティティを掛け合わせたものが“キュイジーヌ・ヴォヤージュ”だと思っています。

料理の原点って、家庭料理や郷土料理だと思うんです。加えて、その土地ならではの空気や現地の人との会話などを、自分の中でどう解釈していくか。オリジナルのものより美味しくなければ真似をしただけになってしまいますから、いかにブラッシュアップするかが重要です。ガストロノミーは哲学があってこそ。美味しさだけでなく「料理でどんなことを表現したいのか」という思いは忘れずにいたいですね。

-料理のアイデアは、普段どのようなシチュエーションで生まれてくるのでしょうか。

僕はまさに「アイデアが降ってくるタイプ」。度々良いアイデアが浮かぶのですが、季節に関係なく思いつくので時間が経っても忘れないよう、すぐにメモを取ります。
思い浮かんだものを“キュイジーヌ・ヴォヤージュ”というコンセプトに当てはまるよう、さらにブラッシュアップしていく感じですね。

料理を作るうえでは、まずオリジナルを生み出すことを重視しています。ただ、クリエイティブと美味しさって共存が難しいものだとも思っていて。特に日本は「新しいことをしているけれど、美味しくない」では受け入れられない。ですから「わかりやすい味に落とし込む」という部分は強く意識していますね。一品だけちょっと趣向が違う料理をコースに組み込んだりしますが、基本的にはわかりやすくいこうかなと。

-食材の仕入れについて、こだわっている部分はございますか。

生産者の方々のもとへ足を運ぶことも

今仕入れている食材は、ほぼ全てが産地直送。素材の美味しさはもちろんですが、作っている生産者さんの人柄も重視しています。何でも対等に言い合える関係と言いますか、言いにくいこともちゃんと言えるのは大事ですね。

自身だけでなくチームで世界中を旅したい

-これからも続けていきたいこと、今後挑戦していきたいことがあればお聞かせください。

僕はこれまでは1人で世界中を旅してきましたが、これからは「Syn」というチームで国内外へ旅に出てみたいです。行った先で食材を探して、ポップアップのお店で料理をしたり、現地で学んだことを日本に持ち帰ってクオリティの高いものを作るのもいいですね。

お店として考えるなら、もちろんミシュランの星や「世界のベストレストラン50」の賞は欲しいと思っています。でもそれは、目標ではなくステップの1つとして。そういった賞をいただくことで、海外へ行ける仕事が増えるかもしれません。
やりたいこともありますが、まず僕らがすべきことは目の前のお客さんに対して誠実に料理を作ること。どんなに有名になったり偉くなったりしても、今と変わらず料理を作っていきたい。自分はもちろん、チーム全員がその気持ちを忘れずにいたいですね。

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大野尚斗氏 プロフィール

1989年8月23日生まれ 福岡県福岡市出身
「The Culinary Institute of America Culinary Arts」 ニューヨーク本校卒業
「The NoMad」 ニューヨーク Chef de Partie
「Alinea」 シカゴ Chef de Partie, Chef Patissier
「recte」 東京 Sous-Chef
「Droggeria della Rossa」 ボローニャ
「Faviken」 スウェーデン
「Central」 ペルー
「Bar Tetu」 福岡 Bartender
「Syn」 福岡 Owner-Chef

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公式Instagram:https://www.instagram.com/syn.restaurant/

【編集後記】

ご両親、そしてご本人までバックパッカーという珍しい経歴を持つ大野シェフ。世界中を旅してきたシェフならではの、個性溢れるインタビューとなりました。現在も気になる国へ度々足を運ばれているそうで、旅はシェフの人生に欠かせないテーマなのだと感じました。「Syn」が表現する“食の旅路”を、ぜひ一度体験してみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2024年02月29日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Yuri

校正の仕事に興味を持ち、スクールを経て一休コンシェルジュ編集部へ。好き嫌いはほぼなし。食べることが大好きで、どんなものでも美味しく・楽しくいただきます。編集部メンバーとのお店巡りが最近のマイブーム。もう少しお酒が強くなりたいと思う今日この頃です。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:さ行/デンクシフロリ/BLESS/レストラン プルニエ/ラフィナージュ

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