大阪「鮨 悠伝」西村悠也氏に聞く、伝統を紡いでいくこだわりの鮨とは

大阪府・谷町にひっそりと佇む「鮨 悠伝」。大将が毎日市場で目利きしたこだわりの旬魚を、ひと手間を加えた逸品、そして握りに昇華します。鮨という伝統を継承していきたいと、日々研鑽を積む「鮨 悠伝」の大将・西村悠也氏に、鮨へのこだわりや職人としての心意気を語っていただきました。

手に職をつけ、プライドを持って働く職人に憧れた少年時代

料理人、中でも鮨職人の道に進まれることになったきっかけをお聞かせください。

幼少の頃から家の手伝いで、時々家族に料理を作っていました。自分が作った料理を家族が美味しいと言ってくれたり、喜んでもらえたりすることが、純粋に嬉しかったんです。幼い頃からの「手に職をつけたら」という両親の教育もあり、職人という世界に興味を持つようになったんですけど。職人ってひとつの物事に対して、常に技術を磨きより良いものを作る為に努力を惜しまないじゃないですか。そういう、誇りというか、プライドを持った生き方、在り方がかっこいいなって思いました。なかでも、鮨屋ってカウンター仕事ですし、お客さんの喜んでいる姿がダイレクトに見えるのがいいなって思ったんです。

創業100余年の歴史をもつ、老舗鮨店「福喜鮨」での修業時代について特に印象に残っていることや、今に生かされていることはなんでしょうか?

「福喜鮨」さんでは鮨屋として、社会人としての基礎を学ばせていただきました。1番印象に残っているのは、鮨とは手で握るものではなく、心で握るものという教えです。決して安いお値段をいただいているわけではないですし、お鮨は心を込めて丁寧に握るという大切さを学ばせていただきました。その他礼儀作法や言葉遣い、上下関係、共同生活等、精神的にも肉体的にも鍛えられました。客単価が高く品格もあるお店でしたので、いらっしゃるお客様も粋で魅力的な方が多かったんです。そういう姿を見ているうちに、「将来は自分の店を持つことで、少しでもそういう世界に近づきたいな」って思うようになりました。

ザ・リッツ・カールトン京都「鮨 水暉」での経験から、開業に至るまでの経緯をお聞かせください。

「鮨 水暉」さんは、世界的ブランドホテル「ザ・リッツ・カールトン京都」の中にあるお店ですし、そんな環境で一流と呼ばれるサービスに触れてみたいと思いました。
様々な国籍のハイクラスなお客さんが多かったので、言語を覚えたり、文化の違いなどを学べたり、より柔軟な考えを持てるようになりました。ホテルならではのホスピタリティを色々と学ばせていただき、お客様がどうやったら喜んでくださるのかをより深く考えるようになりました。「鮨 水暉」さんでの勤務は、元々ある程度期間を決めていたこともあり、区切りの良いタイミングで独立することにしました。

店名「悠伝」に込められた思いやコンセプトをお聞かせください。

「悠伝」は、いつかお店を開く時はこの名前を付けようと決めていました。「悠伝」の「悠」は自分の名前「悠也」から、そして「悠」という漢字には、“悠久や悠然”という意味があるので「鮨という伝統文化、技術、心構えを伝承していき、たくさんの方々に自分が作る鮨を伝えていきたい」という思いを込めています。また、僕は田舎育ちということもあり、肩肘張った空間づくりは苦手ですので、“なつかしさ”をテーマに、どこかなつかしさを感じる居心地の良い、気楽な店づくりを目指しています。

シャリにもネタにもこだわりが詰まった鮨

シャリには自ら蔵元に足を運んで選んだお酢や、厳選したお米を使っていらっしゃると伺いました。シャリへのこだわりについてお聞かせください。

シャリは鮨の土台だと思います。土台が崩れてしまうと仕込みから全てを変えないといけなくなってしまうので、どんなネタにも合うようなバランスを意識し、慣れ親しんだシャリを作るようにしています。お米に関しては修業時代お世話になったお店の頃から使っている、現在は岡山県産のお米を使用しています。取引先のお米屋さんが水分量や削り方も調整してくださるんですが、その調整が絶妙で1番しっくりきます。お酢は、和歌山の蔵元「九重雑賀」さんが作っている赤酢をベースに独自でブレンドして使っています。流行りを意識していた時もありましたが、理想的なシャリを作るために、スタッフと毎日数グラム単位の調整を繰り返して今のシャリに辿り着きました。

どうしてそちらのお酢を使おうと思われたのですか?

酸もきつくなく、濃い色をつけずに赤酢の持っているコクが出るので重宝しています。“なつかしさ”がテーマなので、あまり濃い赤酢はベースにせず、慣れ親しんだ味わいになるかを重視しています。ただ、もちろん調味料の質は大事ですが、最終的には人で選んでいます。今でこそ少しは名前を知っていただけるようになってきましたが、まだ開業前の全く無名の自分にも「九重雑賀」の雜賀さんはとても親切に対応してくださいました。1人で電話して、訪問してきた自分をわざわざ迎えに来てくださり、丁寧に案内してくださったんですよね。「良い方々だな、こんな方々が作るお酢だったら、いいお酢に間違いないだろうな」って思いましたね。「九重雑賀」さん含め、取引のある業者さんには皆さん本当に良くしていただいています。

毎朝地元の市場に足を運んで食材を厳選されていらっしゃるとお聞きしました。仕入れに関するこだわりについて教えてください。

市場には、毎日必ず足を運びます。色々な人間模様も見られますし、自分の目で見て、良いと思って納得した魚をきちんとお出ししたいんです。自分でしっかり目利きした魚は、自信を持ってお出しできますので。それに業者さんとの関係構築や情報仕入れのためでもあります。やはり何十年も取引をしている方には良い魚が回っていきますし、僕が同じ質の魚を買おうと思ったら、それよりだいぶ高い値段を出さないと同じ質の魚は手に入らない場合もあります。だけど毎日市場に顔を出すことでコミュニケーションを取り、少しずつそういう業者さんに自分の好みを覚えてもらっていく中で、良い魚を回してもらえるようになりました。うちに食べに来てくれるお客さんには、納得したものを届けたいので。お店が休みの日でも市場には行きますよ。休みの日に良い魚があり、買えないと嫌ですし、同業の方々の仕入れや、コミュニケーションの仕方も勉強になります。よくお会いする同業他社の方にはいつも励ましていただいてますし、諸先輩方には色々なアドバイスもいただけますので。

お休みの日にも市場に行かれるんですか?本当に365日お鮨のことを考えていらっしゃるんですね。

仕事することが好きですし、止まるとダメになってしまう性分なんです。魚屋さんに「僕達より出勤していますね」と言われた時は嬉しかったですね(笑)。

これだけは味わって欲しい自慢の1貫についてお聞かせください。

その日に選んだ1番美味しい魚を使っているので、基本メニューは異なるのですが、通年でお出ししているのは「藁焼き」です。これと言って特別なことはしていないシンプルな藁焼きですが、兵庫県にある実家が農家でして、その藁を使って藁焼きにしています。幼い頃から米作りに携わっていましたし、農業の大変さは身をもって体験していたので、何か両親が作ったもので1品作りたかったという気持ちがありました。藁1つでも両親がしっかり天日干ししてくれているので、火の上がり方、香りの立ち方が違います。

「鮨 悠伝」ならではのおもてなしについて教えてください。

居心地が良くてどこか懐かしく、お客さんが楽しく過ごせるような環境作りを心がけています。美味しかったと言ってもらえるのはもちろん嬉しいですけど、美味しかったよりも「楽しかった。また来るよ」と言って帰ってもらえる方が嬉しいですね。昔、北新地のママさんから「北新地の客は、ご飯を食べに来ているんじゃなくて人を食べに来てる」と言われたことがあって、それを聞いた時に「鮨だけではないんだな」って思いました。お客様はうちの他でも美味しいものを色々と召し上がっていらっしゃるので、その中でもご来店いただけるお店になるには、やはり人間性、人間的魅力も大事で、いつまでも印象に残り、心まで満足して帰っていただけるように目配り、気配り、心配りを心掛けています。コロナ禍でもたくさんのお客様が心配して、連絡をくださったり、オープン当初から支えてくださっているお客様、仕込み中にふらっと顔をだしてくださるお客様など、ありがたいことにお客様には本当に恵まれています。

鮨という伝統文化を継承していきたい

今後の展望についてお聞かせください。

鮨は何百年も続いている伝統料理です。昔から受け継がれている鮨を、先代の方々が残された技法、考え、経験を敬い、そういった伝統を継承しながら、生涯を通してより良い鮨を作っていきたいと思っています。もちろん鮨の形は時代と共に変わるものもあると思いますが、なんでも創作すれば良いのではなく、鮨屋の範疇を守った上で作り続けたいと思っています。鮨はシンプルなものだからゆえに作り手の人間性、技術の鍛錬度、心の在り方が出てしまうものだと思います。僕はまだまだ鮨というものを理解するには修行が足りませんが、一生をかけて携わることにより、少しでも僕ならではの鮨が表現できればと思います。

プロフィール 西村悠也氏
1986年生まれ、兵庫県出身。大阪「福喜鮨」を皮切りに居酒屋、個人店などを経て、京都の五つ星ホテル「ザ・リッツ・カールトン京都」で研鑽を積む。2019年5月に「鮨 悠伝」を開業。2020年よりミシュラン1つ星を獲得し続けている。

寿司

鮨 悠伝

大阪市営千日前線・大阪市営谷町線 谷町九丁目駅 徒歩1分

編集後記
「仕事することを止めたら、ダメになってしまう性分なんです。」と休みの日でも市場に足を運び、365日鮨と向き合い続ける西村氏。少しでも美味しい鮨を握りたい、その思いが溢れ出していらっしゃいました。西村氏が伝え続ける伝統の鮨をぜひ頂いてみたくなりました。

※こちらの記事は2024年03月27日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Mika.A

外食が何よりの楽しみな編集部メンバーです。
野菜へのこだわりは人一倍!好きが高じて
ベジタリアン・フルーツアドバイザーの資格を取得しました。

・好きなお店:銀座レカン/シンシア/Heritage by Kei Kobayashi
・好きなジャンル:フレンチ/鮨/肉料理
・最近行ったフレンチ:ラルジャン/apothéose/渡辺料理店/フロリレージュ
・好きな美食宿:ホテルリッジ/sankara hotel&spa 屋久島

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