茅場町「鮨 不二楼」高取宗茂氏に聞く、博多前鮨と江戸前鮨を融合した“新江戸前鮨”とは

宮大工による総檜の装いが目を引く「日本橋 不二楼」。3階にある「鮨 不二楼」では、総大将・高取宗茂氏が生み出す、鮮度を活かした博多前の鮨と旨味を引き出した熟成鮨をいただくことができます。今回は、高取氏が考える“新江戸前鮨”や、鮨の未来について語っていただきました。

自分の想像を超えていく、熟成鮨との出会い

-ご実家が料理学校を経営していたそうですが、幼少期から料理の道に進もうと考えていたのですか?

私は佐賀県・唐津市の生まれで、実家は料理学校を運営しておりました。祖母は全国料理学校協会の副会長を歴任していた、業界では有名人でした。
ですが、後を継いだ父が末期がんになってしまい、闘病のために学校を閉鎖したんです。それで私が父の病院代を稼ぐためにスタートさせたのが、屋台でした。
私自身、料理の道に行きたくなかったのが本音です。当時の業界は「手に職を付けないと、ろくでもない人生を歩むから、とりあえず料理学校にでも行っておけ」という考えだったので、愚連隊みたいな人ばかりが来ていましたから(笑)。
屋台料理なので、初めはラーメンやおでん、焼き鳥なんかを作り、鮨を握ることはなかったです。その後は事業化が進み、店舗数もどんどん増えながら、鮨の技術も手習いで覚えていきました。
ただ、当時は潰してしまったお店も多かったですし、その度に悔しい思いもしましたね。
いつも自分達が作っているものを疑い「本当にこれがベストで美味しいものなのか」と問い続けながらやってきました。

東京上京後のある日、銀座で流行りの鮨屋さんに行ったんです。カウンターで握られる鮨を「これは絶対に旨いはずだ」と思いながら口に入れ「ほら、やっぱり旨い」と感じた時、私は自分の中で答え合わせしかしていないことに気が付きました。それに虚しさを感じて、外食をするのが楽しくなくなったんです。食の感動が湧かない。これって結構致命的でした。

そんな中、友人の同業者の社長に「世の中は広いぞ」と連れて行ってもらった鮨屋で出逢ったのが、今は麻布十番にある「鮓 ふじなが」の藤永大介氏でした。

-高取さんは「鮓 ふじなが」の藤永さんから熟成鮨を学んだそうですね。

私は九州の人間なので、当時「鮨は鮮度こそ全て」という考えでした。“熟成”と言われて「腐りかけのものを出していたら事故を起こすぞ」と思っていたのに、食べてみたらその味わいと熟成に至るまでのメカニズムに、衝撃を受けたんです。
「熟成」とは、鮨の世界では“旨味を増幅させる”という技術で、単純に寝かせておくだけではないです。そういったことを藤永さんから聞き、これはおそらく日本人が今後の未来に食べる鮨の原型になるのでは、と感じて。そこで藤永さんの元に足繁く通い「熟成鮨について教えて欲しい」とお願いしました。
緊張しながらお願いしたのに、藤永さんは「なんだ、そんなことか!」って(笑)。

その当時はこのお店もできていませんでしたし、藤永さんがパイオニアとしてやっている熟成鮨の哲学を深める場所にしたいと「不二楼」を立ち上げました。

現在は1・2階が焼き鳥、3階が鮨、4階がバーとして運営していますが、私自身、鮨の業態を始めたのはここが初めてです。
なので、シャリの手ほどきからネタの仕込みまで職人さんたちと深掘りしながら、最初は試行錯誤のスタートでした。

データに裏付けされた鮮熟を活かした鮨の秘訣

-「鮨 不二楼」のコンセプトは“鮮熟折衷”“東西融合”ですが、詳しく教えてください。

北海道や福岡は、魚の鮮度やネタのクオリティが良かったりするので、職人の腕前は上がりづらく、いかに良いネタを仕入れるかを競争しがちです。
“鮮度が良いネタをたくさん出す”というのが今までの通例でしたが、江戸前鮨の造詣がここまで深くなり、魚の旨味を増やすことを前提とする世の中になってくると、そこに気が付く博多前の職人も増え、今では福岡でも赤シャリで握る鮨屋が多くなってきました。
日本の鮨の中で「ここはこう伸ばした方が良い」「この部分はこっちの方が美味しい」など、1回1回様々な哲学が生まれますが、そうすると最終的に後100年後くらいには統一されていくのではと思っていて。

それを一番の先駆けとして私達が模索していきたいと考えたのが「鮮熟折衷」です。鮮度が良いものは鮮度が良いまま召し上がっていただき、その代わりいかに鮮度を引っ張りだすか。逆に熟成鮨に関しては、いかに旨味を引き出せるのか。
私ら職人は、あくまで素材の持ち味を引き出すお手伝いをしているようなイメージです。それは西でも東でも考え方は同じ。
鮮度が良いネタは鮮度で食べさせるけど、熟成はこう食べさせた方が絶対に旨いという哲学を深めていき、この2つの抑揚をいかにつけていくかという。そこがとても大切なので、今後も模索していきたいと考えています。

-熟成に関して、東京海洋大学との共同研究で論文を発表されていたのも「鮨 不二楼」の特徴かと思います。

魚が保有する「遊離アミノ酸」という旨味成分と言われるものは350種類程あるのですが、熟成をかけていくうちに、味わうことのできる遊離アミノ酸は7種類くらいしか残りません。なので、実際には7種類の旨味にしかアプローチができないんですね。
研究をしていた当時は、熟成と発酵の違いもよく分かっていない時代で「ただ寝かせておくだけ」「腐りかけが一番旨い」というのに対し、私は「腐りかけを鮨として出しちゃだめでしょ」という考えでした。なので、いかに鮮度保持をするのか、いかに旨味を爆発的に増やすかという点を研究していました。
結果分かったのは、筋肉を動かす酵素が分解されて旨味成分に変わるプロセスやメカニズムが、どういったものなのかということ。
職人が勘だけを頼りに、冷蔵庫の中身を見て「これはいける」「これは行けない」とジャッジするのはすごく危ないことだと思っていて、それをもっとロジカルに裏付けしましょう、とやってきました。熟成に関する正確な論文が出たのは世界で初めてのことで、快挙だということで学会に表彰して頂きました。

-熟成鮨について詳しく知らない私のような素人でも、研究に裏付けられたという実績があると安心して食べることができますね。

仰る通りだと思います。ただ熟成鮨って旨味のパンチが強いので、熟成鮨だけを食べ続けると次第に飽きてきてしまいます。熟成との間に鮮度の良い博多前の鮨を入れ、濃、淡、濃、淡で召し上がっていただきます。
ねっとりとした食感のものばかりが続かず、ゴリゴリとした食感があったり、旨味が強かったりさっぱりしたり……これを縦横無尽に楽しんでもらいたいです。

-鮮度の高い博多前の鮨、熟成で旨味を引き出す江戸前鮨を握るのに、ネタの仕入れはどうされているのでしょうか?

博多前のネタは九州が私らの本丸なので、福岡市中央卸売市場という所にうちの目利き集団がいて、そこで仕入れてもらっています。
江戸前のネタは、豊洲へ買い出しに行きます。市場がお休みの時に休暇をとる鮨屋も多いですが、うちは熟成をかけるので、そういったことがありません。例えば鮪の場合、最長45日間も熟成をかけたりします。

-45日間もですか!トリミングなどはされるんですか?

トリミングはしないです。トリミングは本来、空気が当たってしまうため行うのですが、私らは1本丸ごと熟成をかけるので、空気に当たりようがないんです。
九州の新鮮な魚はその場で〆て、クール便で送ってもらっています。鮮度のネタ、熟成のネタのどちらも私らは漁獲の段階から指定することもあり、さらにそれぞれの魚にあったやり方があります。協力してくれる猟師さんのおかげで、僕らの鮨が成り立っているとも言えます。

-漁獲の段階からというのが気になります。

魚を動かす筋肉の酵素にアデノシン三リン酸という酵素があり、通称「ATP」と言われているものなのですが、これはアデノシン二リン酸、アデノシン一リン酸に変わり、最後にイノシン酸に変わります。
イノシン酸は筋肉を動かす酵素なのですが、漁獲されている際に魚が暴れてしまうと、このATPを消費してしまうんですね。
酵素がなくなってしまったものを熟成しようと思っても、熟成がかからないんです。要は元になるアデノシン三リン酸がないから。なので、水揚げの段階から漁獲方法も指定させてもらっています。
そのため、美味しさが裏打ちされているものが多いんですよ。魚卵系は熟成に向いています。それから海老も実は向いているのですが、生の海老の熟成を日本でやっている所は少ないです。

-海老はなぜ向いていないんですか?

殻の中には雑菌もたくさんいますし、違った方法で熟成すると匂いがきつく出てしまいます。ただ上手に熟成してあげると、甘味も食感も全部増幅するんです。ねっとり感もプリプリ感も、きっと食べたらびっくりしますよ!
「見知ったネタがどんな味で出てくるんだろう?」「次はどんなものを食べさせてくれるんだろう?」とお客様に楽しんでいただくため、お品書きは用意していません。ネタは旬や季節によっても変わるので、一期一会です。
私は食べることの喜びって“自分の想像を超えること”だと考えています。全く別物を食べさせるのではなく、知っているものの想像を超えるということが大切だと思っているので、良い意味で、お客様の期待を裏切ることを目指しています。

-そんなこだわりのネタですが、合わせるシャリも博多前の鮨、江戸前鮨で変えているのでしょうか?

白シャリと赤シャリの2種類で握っています。
江戸前の鮨は、ネタの旨味が強いというのが大前提にありますが、西の鮨はネタ自体に旨味が少ないため、旨味を展開するためにドロっとした甘めの醤油をつけて食べます。

東の鮨は熟成させて旨味を強くしたものに、昆布に含まれる旨味成分がある煮きり醤油を付けると、グルコサミン酸とイノシン酸の相乗効果で旨味成分が10倍に増えます。徹底的に旨味が引き立つため、それを受けるシャリが立っていないと、ネタの強さと合わないんですよね。
代々受け継がれてきたものをうまく利用し、哲学を深めながら各シャリによって配合する調味料も変えています。

東西の融合で花を咲かせる、100年先の日本の鮨

-最後に、今後の展望についてお聞かせください。

今は物流網が発展し、産地から4時間以内の場所って全部同じネタを使えるんですね。
例えば、東京で使っている食材は香港でも使えるし、上海で使っている食材はクアラルンプールでも使えます。
なので、職人が「鮮度が良いから食べてみてください」と言って出しているものは、物流の功績であって職人の功績ではないということになりますよね。

昔は“鮮度が命、鮮度が全て”と一辺倒だったものが、今は少しずつ旨味を増やす技術が発展し、一貫一貫に対しての美学がだんだんと深まり、固まってきています。なので、私達は「進化」を「深化」と書きます。
全く未知の食材や未知のネタを食べさせるのではなく「見知ったネタがこんなに深い味わいになるんだ」という点に驚きや感動、喜びを見出していきたい。

そして、私は一貫一貫に美学が詰まっているのが鮨だと思っています。
これから先の鮨は、世界中で鮮度の良いものを食べることができ、海外の人達も見様見真似で鮨屋をできるようになる時代になっていきます。
その時に日本は一番先頭を走る先駆者として、次の世界に踏み出していかなくてはなりません。そのためには100年先の日本人が食べる鮨の原型を目指して、日本中が団結しなくてはならないと考えています。
それぞれの旨味やそれぞれの魅力に花を咲かせ、彩りのある鮨の世界を僕は実現していきたいです。

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高取宗茂氏 プロフィール
佐賀県・唐津市出身。生家が調理師学校であったため幼少期より料理に触れる。福岡の屋台で18歳より創業。独創的なセンスで全国に100店舗以上の飲食店をプロデュース・開業させる。「日本橋 不二楼」は高取氏が手掛ける自社グループの最終ブランド。

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新江戸前鮨/熟成鮨

鮨 不二楼

東京メトロ東西線・日比谷線 茅場町駅 二番出口から徒歩1分

20,000円〜29,999円

※編集後記※
インタビューでは熟成したボタン海老をいただいたのですが、ねっとりとしていながら歯ごたえのある食感に、今まで食べていた海老の概念が覆りました。
そして高取さんの言葉1つ1つから鮨に対しての強い探求心と、今後の業界への愛を感じました。「鮨 不二楼」は明確なロジックを元に、これからも“深化“していくことでしょう。新体験をしてみたい方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

Minaho Ito

一休.comの宿泊営業から編集部へ。子供を預けて、つかの間の贅沢をレストランで過ごすのが楽しみ。見た目が美しい料理が好きで、イノベーティブ料理やフレンチ・イタリアンがお気に入り。
自分へのご褒美にスイーツ店巡りをすることも多く、行きたいお店リストは常に更新中。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:ラペ (La paix)
・好きなお店:NARISAWA/Crear Bacchus/オテル・ドゥ・ミクニ/ガストロノミー ジョエル・ロブション
・得意料理:イノベーティブ料理/フレンチ/イタリアン
・好きな食材:赤身肉/チーズ

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