麻布十番「一平飯店」「夜香港」安達一平氏に聞く、2つの顔を持つ店で表現する中国料理の魅力とは

麻布十番の住宅街にひっそりと店を構える「一平飯店」は、繊細なおまかせコースが評判の広東料理店。21時からは「夜香港(イエホンコン)」と店名を変えて、大皿料理の店に早変わりする珍しい営業スタイルです。今回は、シェフ・安達一平氏にインタビュー。2業態の店をオープンしたきっかけや、店ごとに異なる料理の魅力について深く語っていただきました。

日本での修業を経て、広東料理の本場・香港でも研鑽を積む

―まずは、料理人になったきっかけと中国料理の道を選んだ理由についてお聞かせください。

料理をするようになったのは小学生の頃です。うちは親が共働きの家庭でしたので、妹のためによくごはんを作っていました。その頃から何となく頭の片隅には料理があったのかもしれません。その後、中学・高校と進んで進路を決める時期になり、やはり料理の道に進みたいと思い、専門学校へ行くことを決めました。

専門学校へ通い始めた頃は、料理のジャンルは特に気にしていなかったのですが、調理実習のときに食べた中国料理がすごく美味しくて。そこから、より深く中国料理に魅力を感じるようになりました。

専門学校を卒業する頃、住んでいた東京のホテルへ入社しようと面接へ行ったところ、そちらが同じタイミングで富山に新しくホテルを開業するとのことでした。先生から「オープニングスタッフとして働ける機会はなかなかないよ」と言われたこともあって、富山で働くことに。ホテルでは6年ほど、東京に戻ってからはまた別の店で5年半ほど働きました。

―中国料理の中でも広東料理を選んだのは、何か理由があったのですか?

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専門学校にいた頃から中国料理を学んではいましたが、富山で配属になったのが広東料理の店だったことが大きいと思います。東京で働く際も広東料理の店を選びました。その後は、もともと行きたかった香港で経験を積むことにして。香港は広東料理の本場ですから、日本との違いを見てみたかったんです。

―実際に香港で働いて印象に残ったことはありますか?

日本にいるときから、香港の方と一緒に働く機会があったのですが、皆さんは小さな頃から料理を経験していることもあって、ずば抜けた技術を持っている人が多かったんです。「すごいなあ」と思って見ていましたが、香港へ行ったらそういう人がゴロゴロいて。ものすごく衝撃を受けましたね。

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最初は言葉の壁がありましたが、仕事の流れ自体は日本でやってきたことと大きく変わらなかったです。香港の店に日本人が働きに来ることってまずありませんし、実際に僕の仕事ぶりを見て一通りのことができたのでみんな驚いていたみたいです。

僕が行ったところは現地のクラシックな料理を作る店だったので、日本だと小洒落た感じで出すものも、昔の作り方で素朴に仕上げていました。料理に使う食材はもちろん、調味料や調理器具も日本では見かけないようなものが多かったですね。

洗練されたコース料理を楽しむ「一平飯店」

―香港では2年ほど働かれたそうですが、日本に戻られてから「一平飯店」をオープンするまでの経緯についてお聞かせください。

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香港へ行ったあとは、独立の準備をするために日本のお店で働いていました。そうしているうちにコロナの時期がやってきてしまって。一度様子を見ようと思って、独立の話を保留にしていたんです。

そんなとき、料理の勉強会でうちのオーナーと話す機会がありまして、事情を話したところ「一緒にやろう」と声を掛けていただいて。僕のやりたい料理ができるようにサポートするからと誘われて、この店をオープンすることになりました。

―少量多皿のおまかせコースが評判の「一平飯店」ですが、味や調理方法など、どのような部分にこだわりを持たれていますか?

美味しい料理を提供するうえで、温度と香りは特に重要だと考えています。10皿同時に料理をお出しするのってすごく難しいんです。大人数の注文を一度に作ると、最初の1名様にお出しするものと最後のお客様にお出しするものでは、料理の温度にどうしても差が出てしまいます。ですから少し分けて作り、熱いものは熱く、冷たいものは冷たい状態でお出しできるように心掛けています。

この考えは本場の香港でも大切にしていて、広東語では「鍋氣(ウォヘイ)」と言われています。調理中の鍋から湯気が立ち上っている様子、そしてその状態がお客様にお出しするときも保たれていることが大切だという考えです。

もう一つ、温度と同じく重要なのが香り。香りの広がり方には温度が密接に関係していて、そもそも温度が上がっていなければ湯気も立ちませんから、広がり方が全く違ってきます。お客様に料理をお出ししたときや食べるとき、最初のインパクトに影響してくるので、香りは味と同じと言ってもいいくらい大事なものだと思いますね。

―スペシャリテのような、特に思いが込められたメニューはございますか?

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様々な料理に使うので、上湯スープには深いこだわりを持っています。鶏肉や金華ハムなどのあらゆる食材を使って贅沢にスープを取るわけですが、わずかな火加減で味の出方が変わってしまうので特に注意しています。火にかけすぎるとスープが濁って雑味が出てしまいますし、かといって火が弱すぎると今度は味が全然出ない。ちょうどいいタイミングを見極めなければなりませんから、ほぼ鍋に付きっきりです。

あとは、クラゲの和え物など料理の味付けに使うこともあります。クラゲを上湯スープに浸して旨味を吸わせてあげると美味しく仕上がりますし、同じようにチャーハンの仕上げに上湯スープを入れると、味と風味が加わるのはもちろん、少しだけしっとりまとまった仕上がりになりますね。

もう一つの顔、21時オープンの「夜香港」

―21時からは「夜香港」と店名を変えて営業されていらっしゃいますね。珍しい営業スタイルですが、始める際にはどのようなきっかけがあったのでしょうか?

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実は「一平飯店」のオープン前から「夜香港」の話は出ていて。最初は「一平飯店」が落ち着いてから始めようかと思っていたのですが「どうせやるなら最初からやろう!」ということで、2業態を同時に始めることにしました。

やはり香港の料理って、大皿で出てきた料理をみんなでワイワイ食べるのが魅力の一つだと思うんです。コースで上品に出てくる料理も素敵ですが、夜はそういったものとは違うかたちの料理をやってみたいと思ったのがきっかけですね。

「夜香港」では、ご予約の際「香港で食べたあの料理を出してほしい」などとリクエストをいただくことも多いんです。ご予約の段階でご相談いただければ、できる限り対応するよう努めています。

―リクエストが可能なのはお客様にも喜ばれそうですね。

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そうですね。やはり現地に住んでいた方や度々足を運んでいた方ですと、日本にありそうでない香港ならではの料理を求めていたりするので。そういうものを作ると喜んでいただけることが多いですね。

―料理について「一平飯店」とは異なる「夜香港」ならではの特徴はございますか?

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「一平飯店」と比べると「夜香港」は少しクセがあると言いますか、一般の方は見慣れないような調味料を使っています。それこそ、オープン当初はかなり攻めた料理をお出ししていました(笑)。ただ、香港料理を食べ慣れている方には喜ばれたのですが、一般の方だと口に合わない方も出てきてしまって。そのため、現在はどなたでも美味しく食べていただけるような味付けを意識しています。

あとは、料理の味を強くしすぎてしまうと、食べ疲れてしまうこともあるので「一平飯店」ではうまく調整を加えています。一方「夜香港」では、現地と同じように味が濃いものは濃く、そこまで気を遣わずに本場の味に近づけることを優先していますね。

―「夜香港」にもスペシャリテのようなメニューはございますか?

サツマイモの葉とタロイモを使った潮州料理の「対極のスープ」や、鶏の中にフカヒレを詰めて蒸しスープにしたものなど、伝統的な料理がまず一つ。あとは鶏の丸揚げ、クリスピーチキンですね。下味を付けた丸鶏を乾燥させて油をかけたもの、北京ダックのようなイメージです。こういった料理を季節ごとにお出ししています。

珍しい食材を、店ならではの料理に昇華させたい

―2022年3月のオープン後、約1年が経ちました。日々営業する中でいただくお客様からの反応など、ご自身が実感されていることはありますか?

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料理やコースの構成など、お客様の反応を伺いつつ調整を加えながら営業してきました。最初の頃は味のバリエーションについても、あまり強弱がなかった気がしますが、最近はその辺を意識してみたところ、お客様からの反応もより良くなったように感じます。これからもお客様の反応やご意見などを大切にしていきたいですね。

―最後に、今後の展望や目標があればお聞かせください。

「夜香港」では、昨年末にクマの手など、珍しい食材を使った料理をお出ししていました。日本の食材でも使ったことのないものがたくさんあるので、どう美味しく調理できるかを勉強したいです。

もう一つ、やはり僕の料理のベースには香港があるので、もう少し経ったらまた現地へ行きたいですね。また新しい気付きを得られるかもしれませんし、使いたい調味料や乾物など、日本では手に入らないものもあるので、買い付けもしたいです。

いつかの未来の話をするなら、香港にも日本で言う“おばんざいの店”のようなものがあるんです。煮物とかを作り置きして10種類くらい並べてあって、みんなが丸椅子のテーブルでお酒を飲みながら注文する。僕もいつか、そういう料理をお店で出せたらなと思っています。

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安達一平氏 プロフィール

調理師専門学校を卒業後、都内の広東料理店で研鑽を積む。
その後は香港に渡り、2年間焼物や点心を中心に高級レストランから町場の屋台に至るまで、香港の様々な料理を学ぶ。「一平飯店」では季節の食材を取り入れながら、広東料理の技法を駆使し洗礼されたコースを提供。「夜香港」では現地に近いマニアックな料理や、大皿だからこそ表現できる豪快な料理を楽しめる。

中華料理

一平飯店

南北線 麻布十番駅 徒歩5分

20,000円〜29,999円

【編集後記】
終始穏やかな口調でお話をしてくださった安達シェフ。まだ使ったことのない食材や調味料がたくさんあるので、これから様々な料理に挑戦していきたいとのことでした。時間ごとに異なるコンセプトで営業する珍しいスタイルの「一平飯店」と「夜香港」。シェフが魅せる2つの顔を楽しめる、隠れ家風の一軒です。

※こちらの記事は2023年08月24日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Yuri

校正の仕事に興味を持ち、スクールを経て一休コンシェルジュ編集部へ。好き嫌いはほぼなし。食べることが大好きで、どんなものでも美味しく・楽しくいただきます。編集部メンバーとのお店巡りが最近のマイブーム。もう少しお酒が強くなりたいと思う今日この頃です。

【MY CHOICE】
・最近行ったお店:さ行/デンクシフロリ/BLESS/レストラン プルニエ/ラフィナージュ

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