愛知県・名古屋市、吹上駅よりほど近い閑静な住宅街にひっそりと佇む「ヴィチーノ」は、まるでイタリアの郊外にあるような可愛らしい見た目が特徴の一軒家レストラン。
「ミシュランガイド愛知2019」で一つ星を獲得した実力派です。
今回はオーナーシェフを務める竹内健氏にインタビュー。料理人を始めたきっかけから今後の展望に至るまで、多岐に渡って語っていただきました。
食への興味から料理の世界へ……周囲の出会いから生まれたお店
-まずは竹内様が料理の世界に入られたきっかけをお聞かせください。
子供の頃から食べることが好きで漠然と食に興味があり、高校を卒業後は調理専門学校に進学しました。
何か大きなきっかけや動機があったわけではないのですが、選択肢の中から選んでいき、料理人になってみようと思ったんです。
-専門学校を卒業後は豊田市にあるゴルフ場「さなげカントリークラブ」にある「すずらん」というレストランでキャリアをスタートしたとのことですが、修業先としては珍しいですね。
確かに珍しいですよね(笑)。「すずらん」はゴルフ場に入っているレストランなのですが、個人のレストランのような場所で、当時は元々大阪のホテルのフレンチレストランでシェフを務めた経験のある方を料理長として迎えていました。色々なことを学べるからと、専門学校の先生に勧められたのがきっかけです。
お店に伺った際、フランス料理だけでなく和食など、様々な料理を作られているのを見て、この人の元で働いてみたいと思い入店しました。
ゴルフ場のレストランと聞くと、定食のようなものをイメージされるかもしれませんが、しっかり仕込んだ料理を作っていて、とても勉強になりましたね。
-様々なジャンルのお料理を作られていたようですが、そのなかでもイタリアンに進まれたのはなぜですか?
「すずらん」を辞めた後、豊橋にある「フラスカティ」に行くのですが、そこでいただいた料理がとても美味しくて、ここで働きたいと思ったんです。
たまたまここがイタリアンだったということで、そこからイタリア料理を学びました。
-その後24歳という若さで独立されましたが、料理人になられた当初から独立は考えていたのですか?
将来的に漠然と独立はしたいなと考えていました。「フラスカティ」で働いた後は名古屋のレストランに行ったのですが入店までの少しの期間、知り合いの家でご飯を作ったりして過ごしていたんです。
たまたまその方が常連として通われていたお店のシェフが東京に行くことになり、物件が空くからやってみないかと声をかけて下さって、それがきっかけで「じゃあやってみるか」となりました(笑)。
独立して20年になりましたが、少しずつ色々なシェフの元に食べに行き勉強させていただきながら、今の僕の料理になりましたね。
-現在のお店は2010年に移転されたそうですね。
この場所に移転して、今年で12年になります。自分で一から考えてお店を作るのが夢だったので、知り合いに紹介していただいた建築士の方に相談しながらスタートさせました。
-とても可愛らしい外観で素敵ですよね。特にどんなところにこだわりを持たれて構想されたのですか?
10年かけて、成長しながら完成するお店にしたいと考えていて。
シンプルな中でも古びていかないような、自分も自分の料理自体も一緒に成長できるお店造りを心掛けました。
-店名にある「ヴィチーノ」とは、イタリア語で「近く」という意味があるそうですね。どんな想いを込められたのですか?
“お客様の近い位置にあるレストランでありたい”という想いを込めました。みんなの近くにあり、寛いでいただいたり楽しんでいただけたりするようなお店造り、それにプラスしてお客様の中でそういった立ち位置のお店でありたいと思っています。今は常連になってくださったお客様も多くなってきました。
-口コミの中には「竹内様との会話もヴィチーノでの楽しみ」という声を多く拝見しました。
本当に嬉しいことです。
1つ1つの“サムシング”から生まれるコース料理とアラカルト
-信頼のおける農家さんや業者さんから食材を仕入れているそうですね。近隣県からの仕入れが多いのですか?
野菜に関してはずっとお付き合いをしている愛知県・東郷町にある「和田農園」にお願いしています。その他にも西浦の魚などを使っています。
近隣県だけにとどまらず、美味しいものであれば例えばお肉などは九州や三重県、青森県など様々な業者さんを通じて地元にこだわらず、自分で美味しいと思ったものを仕入れています。
-仕入れる食材を選ぶ際、心掛けていることはありますか?
作っている方の顔が見える食材であることは考えています。もちろん業者さんを挟んでいる場合もあるので、全てではないのですが、ある程度生産者さんの顔が見えて、自然に近い状態で育ち、お客様に美味しく食べていただける安全な食材を仕入れるようにしていますね。
-それらの食材を料理に仕立てる上で、心掛けていることをお聞かせください。
食べている食材の素材感が分かるということ、何を食べたかしっかりと分かる料理であるということは心掛けています。そこにプラスαで素材の活きる香りを考えながら作っています。
また美味しいのはもちろんですが、どこかにサムシングを取り入れたいなと思っています。「これは何だろう」「この香りは何だろう」「この食感は何だろう」みたいな。
料理はシンプルですが、その中に何か気づきがあればいいなと考えていて。ド直球だけでは飽きてしまうので、料理の中に分かるか分からないかの少しのエッセンスを入れこみたいということは考えていますね。
コースの時とアラカルトの料理でも考え方は変わってきます。例えばコース料理の場合は一皿ごとに驚きや気になる点など余韻が残るようにしたいなと思っています。
料理を何品もいただくことになるので、一皿ごとの料理が完璧じゃなくていいんです。全てが100%美味しいお皿が続くと逆に食べ疲れしてしまうので、美味しいけれども「ここが足りない」「でもここは香りでちょうどいいよね」というようなコースの流れや繋がりを考えて作っています。
逆にアラカルトの場合は、もう少し一皿ごとの味付けはバチっと決めるようにしていますね。
-コース料理とアラカルト、双方を提供するレストランならではの考え方ですね。そんな中でも竹内様が作る定番料理のようなスペシャリテはありますか?
よく「スペシャリテは何ですか?」と聞かれることはありますが、スペシャリテはお客様に決めていただけることが一番だと考えていて。
最終的にスペシャリテというものを一品生み出すことができればいいなと思っています。
でも好きな料理はたくさんあるので、季節毎に毎年ブラッシュアップをしながら提供しています。
例えば「トマトソースのピンチ」は、好きでよく作っています。
これは東京ですごく好きなイタリアンレストランのシェフが作る「トマトソースのピンチ」が好きで、そのレストランに通ってアドバイスを貰いながらできたもので、ずっと作り続けているメニューです。
そこのお店はオーダーが入ってからその場で麺を伸ばして湯がいてという作業を行っているのですが、そんな手の込んだことは営業中に難しいと伝えた所、色々なアドバイスをいただきました。
-他のお店のシェフに教えてもらいながら生まれる料理もあるのですね。
自分が好きな料理を作るシェフにお話を聞かせてもらったり、カウンターに座って作るところを見せていただいたりすることも多いです。
僕は修業時代の勉強が少なかったので、少しずつ学ばせていただきながら、自分ならどうするのかを考えて調理しています。
-そんな料理に合わせるドリンクも気になります。地下にはワインセラーがあるそうですね。
地下にワインセラーを作るのは、お店を移転した際のこだわりの一つでもありました。常備1,200本~1,300本程度を用意しています。
ラインナップは全て僕が飲んで好きなものしか入れていません。ソムリエはいないので、奥さんともワインを共有して、お料理に合わせるお酒を提案しています。
-産地としてはどこのものが多いのですか?
基本的にはイタリアですが、フランス産もあります。ワインは自然派なものを多く取り揃えています。ブドウについている菌だけで作る自然酵母のワインの方が、生産者の味が分かりやすいなと感じていて……。酵母菌を撒いて作っているワインは味が整いすぎているので、あえてワイン自体は、ナチュラルなものが多いです。
凄く特徴があるのですが、自分が美味しいと思ったものだけを取り扱うようにしています。
兄弟で作るトータルで表現するイタリアンレストランへ
-双子の兄弟と一緒に、イタリア料理専用のカトラリーなどを作られているそうですね。
レストランでもポイントで使用しています。双子の兄弟がデザインの仕事をしていて、今後はお皿など、色々作っていけたら面白いよねという話をしているところです。
例えば現在、店内に配するライトを長野のガラス作家さんと兄弟が作った金具を使って、オリジナルで作っている段階です。
今後はそういった雑貨類のECサイトも立ち上げる予定なので、色々と発信していけたらいいなと考えています。
-今後のお2人の取り組みが楽しみですね。最後に竹内様の今後の展望をお聞かせください。
ちょうど少しずつ動き出しているのですが、兄弟と一つの会社を立ち上げて、最終的には料理も含めてトータル的に全て自分達で表現できるような形にしていきたいと思っています。
その他にも自分が美味しいなと思ったことに対してはイタリア料理じゃないものにしても、少しずつ形にできればなと考えていますね。例えば今、ラー油を作っているんです(笑)。
-ラー油ですか!?
ラー油というより、香りのみを抽出したオイルなのですが、何にかけても美味しいものを作りたいなと思って。
自分が好きな中国料理屋で食べたラー油がすごく美味しくて、こんなにも香りが凝縮されて、よい香りがする唐辛子のオイルというのが、どうやって作られているのかに興味が湧き、聞きながら自分の中に落とし込んで、試行錯誤しながら作ってみました。実は今、うち以外にも扱ってくださっているお店もあるんですよ。
そのような感じでイタリア料理じゃなくても、自分が興味を持ってやってみたいと思ったものに対して、色々チャレンジをしていき、お客様に提供することで、笑顔になっていただきたいなと思っています。