レストランの顔とも言える“スペシャリテ”。
長年愛されるメニューには、シェフの様々な想いやストーリーが込められています。今回は北参道にある一つ星フレンチ「sincere」の石井真介氏にインタビュー。
スペシャリテでもある「たい焼き」の誕生秘話から込められた想いまで、多岐に渡って語っていただきました。
2つの名店で培ったシェフの土台
-石井シェフが料理人を目指したきっかけをお聞かせください。

実家が美容院をやっていて、両親は共働きでした。母親は忙しいながらも美味しい食事を作ってくれて、僕もそれを手伝うようになっていったんです。
少しずつ料理に興味が湧き、家にあった本を見ながら色々なものを作るようになりました。
ある時シュークリームを作ったのですが、生地が膨らんでいく様子に凄く感動して。今まで買って食べていたものがこんな風に作られているんだと、すごく勉強になりました。
そして自分が作ったものを父親や母親に食べさせたら、喜んでもらえたのが嬉しくて。料理で人を喜ばせることができるんだと感じたのが、この道に進んだ大きな原点ですね。
-料理のなかでも、フレンチに進まれた理由は?
専門学校に入った時はあまり知らない世界だったというのもあり、フレンチのシェフがかっこよく見えました。
例えば和食であれば、お刺身や煮物は子供の頃から食べたことがありますよね。でもフレンチは食べたことがない組み合わせのメニューが多くて、すごく自由だなと感じて。
学校で、勢いがあるシェフは誰かと聞いた時「オテル・ドゥ・ミクニ」の三國シェフだと教えてもらい、お店へ食べに行きました。
三國シェフの料理はまさに食べたことがない料理の組み合わせの一皿が多く、スズキのムニエルに、皮をむいてバターでソテーしたブドウなどが添えられていたんです。子供の頃に食べたことあるハンバーグやオムライスなどの洋食から、大きく外れた発想が衝撃的で。厨房で調理されている三國シェフの姿に感銘を受け「ここで働きたい」と思いました。
その後「オテル・ドゥ・ミクニ」で約3年修業しましたが、働き方も含めて全ての軸になっています。
-その後「ラ・ブランシュ」に行かれるわけですね。
「ラ・ブランシュ」では「誰のために料理をするのか」という自分の原点をもう一度思い返すことができました。
というのも、田代シェフはリピーターの方をテーブルではなく名前で呼んでいて、お客様ごとに料理内容や量のバランスを調整するんです。
僕も常連のお客様には毎回メニューを変えているのですが、それは田代シェフから学んだこと。
田代シェフは料理に凄く感情をこめる方で、お客様に対しての料理が上手に行かないと悔しがったりします。そういった感情的な部分はすごく学ばせていただきました。
料理は双方ともまるで違っていて、三國シェフは計算し尽くし洗練された料理ですけど、田代シェフは力強い料理で、盛り付けなどにすごく人間味がある。この2つのお店での経験が、今の僕を支えてくれています。
クラシックな料理に遊び心を詰め込んだ「たい焼き」
-フレンチは自由だと仰っていましたが、石井シェフが作る料理はまさにその通りですね。なかでもスペシャリテ「たい焼き」は遊び心溢れる一品かと思います。これは「sincere」を開業してからのスペシャリテだそうですね。
今の「たい焼き」は「sincere」になってから提供していますが、元は「レストランバカール」の時に違った形で提供していました。
僕はホットサンドが好きで、よく家庭用の機械を使ってパンに好きな具材を挟み作っていました。ある日機械が壊れたので新しいものを買おうと調べていたら、たい焼き型のものを見つけて、気に入って購入したんです。これをメニューでもうまく使えないかなと考え、最初はリンゴを入れてアップルパイにして「アップル鯛」というダジャレも含んだ名前で提供していました。
「sincere」をオープンする前、レストランのコンサルティングをやっていた時期があったのですが、メニュー開発で試しに魚を入れてみたらすごく美味しかったんです。
そこでアップルパイの“パイ”からインスピレーションを受け、専門学校の授業で作ったフランスの伝統料理「ルーアンクルート」を思い出しました。
ホタテのムースをおろしたスズキのフィレで挟み、大きなパイ生地に入れて焼く、本来は大皿料理で、切り分けて皆でいただくパーティー料理のようなものです。
「ポール・ボキューズ」では何十人前を焼いて切り分け提供し、お客様みんなで同じ料理を食べるんですが、今の時代は同じ料理を出すことも少ないですし、お客様が召し上がる時間も違います。まさに今の人達は知らない料理なんです。
僕ら世代の料理人は、三國シェフや田代シェフの世代のシェフ方々がフランスで学んで日本に持ち帰ってきたクラシカルな料理を学び、それを踏襲しながら新しいものを生み出していく世代ですが、今の若い子達はそういった経験ができないですよね。
昔ながらの伝統料理を残していくためには、今の時代に沿った形で分かりやすく変えていく必要があります。そう思った時に“パイ”を使った「ルーアンクルート」を現代風に小さくできないかと考え、色々試してみました。
通常通りムースをパイの中に入れてしまうと、はみ出して汚くなってしまいます。なので付け合わせとムースは先にお客様に提供し、後から「たい焼き」を乗せています。
「たい焼き」も早く出してしまうとパイ生地がソースを吸ってしまうので、なるべく焼き立てを、お客様が付け合わせを食べ終えたタイミングにお出しできるよう調理しています。
「たい焼き」のムースには、ソースベアルネーズというマヨネーズの派生のようなソースを使っています。ポール・ボキューズ氏が作る「ルーアンクルート」は、ソースショロンというソースで作っているのですが、ソースベアルネーズにトマトが入るとソースショロンになるんですね。
なので僕はトマトが入ったアメリケーヌソースにソースベアルネーズを合わせることで、ソースショロンに寄せ、クラシックなソースを少し食べやすい形にしながらもロジックは残しています。そこに花ズッキーニを付け合わせとして添えています。
遊び心があるメニューは、美味しくないとただのお遊びになってしまうので、コンセプトや本質からずれていないかというのは、大切にするようにしています。
試行錯誤し、少しずつ変えながら作り続けているので、きっと今が一番美味しいですよ!
-時期によって使用する魚も変えているそうですね。
魚はスズキか真鯛を使用しています。「スズキのパイ包み~ルーアンクルート~」という説明を主にしますが、冬はスズキの抱卵・産卵期で、資源保全のため漁師さんが獲らない時期があるんです。
冬はスズキとは別にヒラスズキという種類の魚がいるので、獲れた時はヒラスズキで調理しますが、基本的には真鯛で調理しています。
冬は「ルーアンクルート」ではなく「鯛のたい焼きです」という風に提供しているのですが、そっちの方が伝わりやすかったりもしますね(笑)。
僕はサスティナブル・シーフードの活動もしているので、使う魚にもこだわっています。
「たい焼き」で使用するのは、MSC認証取得を目指し漁業改善プロジェクト(FIP)に取り組む漁業者が獲った、東京湾のスズキです。真鯛に関しては、ASC認証を取得した養殖事業者が育てた魚を使っています。
やはりスペシャリテなのでなるべく環境に配慮したものを使い、僕のメッセージを盛り込みたいと思っています。
-「Sincere BLUE」でも「たい焼き」を食べることができますが、「sincere」との違いはありますか?
「Sincere BLUE」はテーブルブッフェなので、メインの前にお客様もお腹が一杯になる場合が多いんです。
なので少し軽めなソースにするため、クラシカルな味付けではなく、貝のエキスを泡立てスープのようなものにして、食べやすく変化させています。
-「たい焼き」以外で、石井シェフのスペシャリテはありますか?
「レストランバカール」の時に出していたスペシャリテとして「カニ味噌のバーニャカウダ」や「鰻フォアグラマンゴー」などもありますが、お客様からのリクエストがない限り、今はほとんど出すことはありません。
スペシャリテの中でも残したものと捨てたものがあって「五つの味のトマト」「四角いブリオッシュ」「ストーブご飯」そして「たい焼き」は人気があるので、今も続けているメニューです。
-コースの中で、スペシャリテとはどんな存在ですか?
やはり大切な存在。初めてうちにいらっしゃるお客様でも、色々調べてきてくださるので「たい焼き」は絶対に知っています。
逆にコース全体を通して料理が美味しくても、何か引っかかるものがないと印象に残りづらいですし、人気店はスペシャリテやお店が推したい料理がある所が多いです。
「たい焼き」を提供するとお客様もすごく喜んでくださいますし、一番の武器になっているのかなと。
あと僕はコースを考える時、全体を通して一品一品のコントラストを大切にしています。最初にショープレートがあって、それを下げた後にフィンガーフードが5、6品出てきて……メインの魚料理を「たい焼き」で少し遊んだら、お肉料理のメインはベーシックであまりいじらないようにするなど。全体の起伏を考える上でもスペシャリテはすごく大事です。
全てのお客様に食の楽しみを広めるためのチャレンジ
-石井シェフの今後の展望をお聞かせください。
実は2023年に開業予定の「北海道ボールパーク」の前にオープンするレストランをプロデュースすることになっています。
周辺には高級マンションやコテージなどもできるので、カウンターではそういった方々に向けて少し「Sincere」寄りのコース料理も展開しますし、テーブル席ではカジュアルな料理の提供を考えていて、内装も含めて構想中なんです。
僕は将来、高所得者の方々やフーディーの方々だけでなく、どんな人でも楽しめるような食の世界を作りたいと考えています。
「Sincere」であればコース料理のフレンチを「Sincere BLUE」であればお子様連れでも楽しめます。更に北海道のお店は80席~100席と大きな規模になる予定なので、より多くの方々に想いを伝えられればと思っています。
多店舗展開をしたいというわけではなく、今後僕のメッセージを伝えることのできる間口を広げたいと思っているので、今年、来年はチャレンジの年になりそうです!
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石井真介氏 プロフィール
1976年、東京都出身。四ツ谷「オテル・ドゥ・ミクニ」、南青山「ラ・ブランシュ」とフレンチの名店を経験し、渡仏。本場の星付きレストランで修業を積み、2004年帰国。その後、汐留「フィッシュバンク東京」を経て、2008年より「レストランバカール」のシェフを7年間務めた後、2016年4月「Sincere」をオープン。2017年より水産資源を守る「Chefs for the Blue」としての活動、2020年9月にはサスティナブル・シーフードをテーマとした「Sincere BLUE」をオープンさせ、注目を集める。
【編集後記】
フランスの伝統料理を石井シェフの解釈で現代風によみがえらせた「たい焼き」。そこにシェフの想いでもあるサスティナブルな食材を使うというストーリー性に、とても納得したインタビューでした。これらの取り組みをもっと幅広く広げていきたいと仰る石井シェフのチャレンジが今後も楽しみです。
※こちらの記事は2024年12月09日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。