【対談】「MAVO∞」西村勉シェフ×「辻喜」辻喜代治氏が語る、フレンチと宇治茶が生み出す「umami」の魅力

京都・祇園に佇むカウンター8席のフレンチレストラン「MAVO∞」。オーナーシェフである西村勉氏が作り上げる料理を、これまでに味わったことのない特別なお茶とのペアリングで楽しめる唯一無二のレストランです。今回、シェフがお茶の旨みを追求するきっかけとなった宇治茶の生産家「製茶 辻喜」辻喜代治氏との対談が実現。知られざる緑茶の世界と可能性について、存分に語っていただきました。

フレンチのシェフが出逢った「日本茶」の旨み

―西村シェフは、もともと小田原でフレンチレストラン「la MATIÈRE」を営まれ、その後祇園にお店を移されました。「日本茶」との出逢いのきっかけについてお聞かせ下さい。

西村勉氏(以下、西村):「la MATIÈRE」は2007年から2014年まで営業していて、モクテルのようなノンアルコールドリンクも2010年頃から始めていました。蒸留抽出器のアランビックを使い、様々なエッセンスを抽出してドリンクを作っていましたが、骨格となる素材には出逢っていませんでした。
移転のきっかけは東日本大震災。太平洋側の素材を控え、瀬戸内海や日本海、五島列島から海の素材を使うことに決めて、自店の運営と素材の流通や入荷状況を照らし合わせた結果、妻の生まれ故郷である京都に移転し、西日本に拠点を置くことにしたのです。

たまたま店舗のオーナー様が京都のお茶の老舗会社を施工されていたご縁で、営業部長の方が営業に来られ、玉露を目の前で淹れていただいたことがありました。
これまでノンアルコールのベースの素材をずっと探していましたが「日本茶」の味わいが「旨み」であると分かり、ティーペアリングの開発に繋がりました。特に自分の舌に反応したんですね。日本茶の中でもクオリティの高い“玉露”というものを体験できたからこそ、瞬時に判断できたと思います。

―日本茶でのティーペアリングは非常に珍しいと思いますが、日本茶の「旨み」はフランス料理にどうマッチするのでしょうか?

西村:「フランス料理とワインのマリアージュ」という言葉があります。これは、果実味を持つワインが発酵によってアルコールとなり熟成したものが、フランス料理のエッセンスである複雑なソースと繋がるメカニズムを表していると思います。日本茶には旨みの方向軸があり、特にテアニンという成分がグルタミン酸系のため、いわゆる昆布出汁のような構造をしています。世界のどのような食材、素材とも相性が良く、全ての素材と調和し、他の飲み物と比較しても優位性があると考えました。
ペアリングは点と点を結ぶことで、点の回数が多いほど究極のマリアージュとなりますが、日本茶の旨み成分は点ではなく、優しく包み込むような包容力を持っていると解釈しています。

―本日は京都・宇治白川で至高のてん茶、抹茶を創り出す「製茶 辻喜」の辻様にお越しいただいています。辻様と西村様の出逢いについてお聞かせください。

辻喜代治氏(以下、辻):私が作っている宇治茶は「覆下(おおいした)栽培」と「手摘み」という製法を800年前から続けています。長い歴史の中で培われた伝統を、現代の世の中にどのようにマッチングさせていくかを考えていました。
日本の農作物全般に言えますが、生産家が一番作物の美味しいところを知っている一方、美味しいものは市場に出回らないという残念なことが起きています。市場に出回らない美味しいものをどのように消費者の方に味わっていただき、バトンを繋げられるかと考えていた時「MAVO∞」にお茶が並んでいるところを拝見し、西村さんと一度お話をしてみたいなと思いました。ただ、お茶を飲んでいただければ全てを物語ってくれると思い、飲んでいただきましたところ、とても感銘していただきまして、そこからのお付き合いです。

西村:初めて辻さんのお茶をいただいた時は、腰を抜かしそうになるほど、これまで体感したことのない衝撃を受けました。
辻さんが作る抹茶の元となるフレーク状のてん茶の葉を見たのも人生で初めてで「こういう茶葉もあるんですよ」と言われて舌の上に乗せた瞬間、舌の味蕾が喜んで開くような感覚を、未だに覚えています。
以来、辻さんに褒められるまで1年ほど抽出を試し、約1年後に初めて辻さんに褒めていただいて、その時は泣きました。

辻:西村さんに日本茶の中でも「極み」の部分である抹茶の原料のてん茶の水出しと玉露をお渡ししたら、一つ一つが料理に昇華されたのです。まるでコース料理の一皿として使われていて、そこに感銘を受けました。私が幼少時から慣れ親しんでいる良いお茶の抽出状態というのを、西村さんは色々な手法で表現していただいて、旨みを表現されたので、私も本当に嬉しかったです。

―1年間という挑戦の中で、お茶の抽出をどのように変えていかれたのですか?

西村:茶道や煎茶道の作法に則した温度帯で落としても、唯一無二にはなれないと思ったので、日本茶を「お茶」という飲み物と捉えず、料理の一素材として触れるようにしました。まずは水出し、氷出し、氷温抽出、減圧といった抽出法に挑戦して、自分の納得できる成果物を味わっていただきました。
また、辻さんが作る宇治の最高峰のシングルオリジンの茶葉「あさひ」をいかに自分のものにできるかという、ものすごいプレッシャーの中で扱うように心がけました。お茶だけと向き合い、味覚を高めるためにお酒を断ちました。お客様からは「料理人がお酒を辞めてどうするんだ」とブーイングがありましたが、日本茶はお酒を超えると直感したので。

辻:良いお茶を飲むと香味とテアニン効果が出てきて饒舌になっていく状態を「茶酔い」と表現することがあります。宇治の伝統である「覆下(おおいした)栽培」は、摘採の60日前から徐々に遮光していくのが特徴ですが、太陽光を遮ることによって旨味成分のテアニンを渋味成分のカテキンに変化させないんです。テアニンによるリラックス効果、カフェインの高揚感の相乗効果でお酒を飲んでいるような感覚になるんですね。一度体験していただくと、高揚感溢れてリラックスしたお食事を楽しめる。京都・祇園の「MAVO∞」では、最高の状態のものがいただけます。

西村さんには、私が作る茶葉を宝のように食材として扱っていただき、この人なら大丈夫とバトンを渡せる信頼関係が構築できたと思います。
一般的に低温とか水出しにするとカテキンが抽出されづらくなり、旨み成分が出やすくなる。水出しにすると美味しい状態となりやすく、熱湯で抽出するとカテキンが先に抽出されて渋みが強く出ます。私の茶葉は熱湯100度でもカテキンを上回る旨みがあるので、その旨みが勝つんです。私自身でも100度で飲みますし、試験する時は100度でテイスティングするんですが、渋みより旨みが強くなる。アミノ酸スコアも10%以上という状態をずっと続けています。

主役となるシングルオリジンの「宇治のお茶」

―数々の賞を受賞されている辻様のお茶ですが、辻様が作られるお茶づくりにはどのようなこだわりがあるのでしょうか。

辻:畑からの力、栽培の力を集積させたものが100%の状態のお茶を作る。それが自分の栽培の根底にあり“1年かけて100%の新芽を作る”というのが私の目標です。
1年間常温で茶葉を置いておくと、やはり酸化して劣化し、色も退色していく。しっかりとした畑で栽培した茶葉は退色もせず、味はさらに増し、熟成した状態で提供できます。
100%の状態にするには色々な条件がありますが、手摘みから酸化が始まります。酸化して95%、製造の過程でどうしても劣化し85%になる。製品化すると80%まで落ちるのですが、それでも合格ラインではあります。ただ、新芽の状態が60%の品質であれば、最終的に35~40%まで落ちてしまう。その状態では旨み成分は抽出されない。
お茶は「畑のフォアグラ」のようなもので、畑に与える有機質肥料からアミノ酸を吸収し、樹体内で旨み成分に変化します。栽培を始めた頃から試行錯誤し、「覆下(おおいした)栽培」と手摘みで品質を最大限引き出す自分の茶づくりの根幹が、10年続けてようやく整ったかなと思います。
西村さんには道半ばのところでお茶を渡しているようなもので恐縮ですが、どんな状況でも全てをカバーしてくれる茶葉ができつつあると思います。

西村:ティーペアリングを行う上で僕がロックオンしたのが、シングルオリジン(単一の茶葉)ならではの土地と人との個性。ワインと同じく、お茶もブルゴーニュやDRCのようなものに匹敵するものになっていくと思います。

辻:私もワインとよく似ているなと思います。フランスの有名なパティシエやシェフの方がいらした時に「今年の良い茶葉の茶畑はどこか?土壌はどのようなものか?」と聞かれるんです。それから「茶葉を一枚いただいて良いですか?」と聞いて食べるんです。そうして「間違いない」と答える。日本人ではそのようなことはしないので、もう驚きますよ。
何故宇治を選ばれるかというと、数ある日本茶の生産地の中でも、手摘みの宇治茶は茶園面積の0.7%しかなく、品評会の中で継承された栽培方法が1位になるんですね。日本人だけで消費され、評価されるだけでなく、海外の方にも宇治のお茶を飲まれた方から「こんなお茶を作ってくれてありがとう。今まで出逢ったことのないお茶だ」というリスペクトの言葉をいただきます。
日本人だけでなく海外の方からも、宇治茶をブルゴーニュのワインのようにしっかりと見て味わって、評価してくださる方々がいるんだなと思います。

西村:ワインのような世界を作るには、辻さんのような個人の生産者のような人が作ることも大事ですね。

辻:昔から生産者は問屋さんに収めるといった関係が数百年続いているので、農家が出てきて販売するというのはバッシングも多くありました。ただ後ろを振り返ってみると、何人かが後に続いています。いつか自分が牽引役のような影響力を持ち、生産者の皆さんと喜びを分かち合い信頼関係を守れるようにしたいですね。

歴史の1ページに残るティーペアリングを目指して

―2020年以降、コロナ禍でお酒の提供ができない時期が続き、ノンアルコールのペアリングを探求するレストランが増える中「MAVO∞」で提供するお酒のような高揚感を持つティーペアリングは、新時代の先駆けのような印象を受けました。

西村:緊急事態宣言中のアルコールの禁止措置は、かなりの影響があったと周りのお店や知り合いの店主の方から伺っています。当店は、「ティーペアリング」のオーダーが通常から7割程度あったため、ダメージはありませんでしたし、逆に追い風になった印象があります。また、飲食店やシェフの方がコロナ禍という厳しい状況を乗り越えてほしいといった思いからYouTubeのチャンネルを開設し、ティーペアリングのレシピとロジックを全て無料開放しました。
ティーペアリングという言葉も認知度が低く、特殊なページではありますが、感度の高いソムリエやシェフの方から「動画を見て実践しています」といったコメントをいただいたり、実際にお店に足を運んで下さったりして、感謝の言葉をいただきました。
ティーペアリングの協会も立ち上げてプロデュースも行い、今はティーペアリングを行うお店が広がってきています。実際に自分も足を運んで体験しながら、満足感のある結果を得ています。辻さんとの取り組みでできたティーペアリングは、様々な飲食シーンにマッチする新しいビバレッジのスタイルであると考えます。1店だけの取り組みではなく、もっと大きなハーモニーを作り、辻さんが作る宇治の最高のシングルオリジンの茶葉が、ティーペアリングのプラットフォームの中でどんどんと広がっていくのではないかと思いました。

―これから挑戦されてみたいことについてお聞かせください。

西村:料理人として30年やってきましたが、2010年からノンアルコールに着目して始めたプロジェクトの中で日本茶と出逢いました。以後も味わいをインプットしていますが、地球上に日本茶を超える原料は存在しません。クオリティ、耐久性、安定性を考えても、緑茶がいつか世界を取ると考えています。
目標は、僕と辻さんが始めたことが一つのインパクトとして歴史に残ること。100年後必ず歴史に残っていると思います。そのためにあらゆる方向を見渡し、敵を作らないようにしています。茶道やお茶に関する団体様とも調和し、独自の世界を創造していく中で、辻さんと結束力を高めさせていただき、日本茶という素晴らしい宝を僕がイメージする形で普及させていきたい。これまで水面下で色々と行ってきたことが、いずれ大きく飛躍すると思います。

辻:生産者として生涯目標としているのが、昨年の茶葉より美味しい茶葉を作り、去年の私を追い抜くことです。まだまだ美味しいものができると思っていますし、消費者の方にご提供して「美味しい」の一言をいただく。それが一番の誉め言葉ですし、生産意欲に繋がります。
「umami」という言葉が世界の共通言語になりつつある中で、海外の方から「辻さんのお茶はumamiがあって美味しいです」という感想をいただきました。その旨みを作るのは日本茶を牽引する宇治茶でありたいので、私も継承していく若手にマニュアルを公開していますし、訪ねてくる人を育てる活動もしています。
まず「伝統を淘汰させない、旨み文化を淘汰させない」という気持ちがありますね。

西村:800数年続く日本茶、宇治茶自体がパワーを持っているので、その素材と共に向き合って、このご縁が結ばれていると痛感しています。
我々はモノがいつまでもあるという感覚は改めないといけないと思います。日本文化の良さを見出そうという意味でも、僕は辻さんのおかげで見えましたので、国内の自給率を上げていくというアクションを料理人もしていく必要があります。
今年は自分で「ティーペアリング元年」と銘打ち、さらに飛躍させていきたいと思っています。

**********
【プロフィール】
西村勉

株式会社 想望 代表取締役
MAVO∞ オーナーシェフ
徳島県生まれ 辻調理師専門学校卒
30年間料理に携わる中で培われた味覚により、日本茶を料理とペアリングする新しいロジックを構築。より多くの方に日本茶の魅力を伝えようと、Tea pairing labを開設し研究と共に、ティーペアリング講座を実施。

辻喜代治
茶産地として最適な宇治の産地・白川で茶農家の五代目として産まれる。先人たちの宇治伝統製法を受け継ぎ、自分なりの創意工夫を重ねて至極の芸術品、茶の追求に努める。てん茶の部で「天皇三賞 内閣総理大臣賞」など多くの受賞歴を持つが、茶業を守り発展させるため、これまでの概念を破り伝統ある歴史の中で新しいチャレンジに挑み続ける生産農家。
**********

フランス料理

MAVO∞

京阪本線 祇園四条駅 613m

30,000円〜39,999円

【編集後記】

お茶に対してストイックに向き合う西村氏と辻氏。その語らいは極上のお茶と共に饒舌に、深みのあるものとなりました。秘められた可能性を持つ宇治発のティーペアリングが、世界を牽引する日も近いかもしれません。お酒を超えた満足度を得られるマリアージュを、「MAVO∞」で体感してみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2023年05月31日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Airi Ishikawa

一休のメディア事業部長。日本全国を旅しながら、その道のプロにインタビューや取材をしています。国内ワイナリーを巡るのが好き。地産地消や、生産者に近い距離で食材や料理に向き合う「極みのシェフ」がいる店をご紹介します。
【MY CHOICE】
・最近行ったお店:割烹かわだ / 南青山 まさみつ / 寺子屋 すし匠
・好きなお店:ICARO miyamoto / フランス料理 エステール / レストラン・マッカリーナ
・注目しているお店:オーベルジュeaufeu / bekka izu / 無垢 / KOBAYASHI
・得意ジャンル:フレンチ / バー
・好きな食材:山菜 / 鴨

このライターの記事をもっと見る

この記事をシェアする