「都季(TOKI)」は「HOTEL THE MITSUI KYOTO」のシグネチャーレストランとして、2022年10月1日にリニューアル・オープンをした。
歴史ある地で日本の伝統美に触れる「HOTEL THE MITSUI KYOTO」
このホテルは、2020年11月3日に誕生したのだが、そもそもこの地は二条城至近に250年以上にわたり、三井家総領家(北家)の邸宅として歴史を重ね、特に三井家2代目当主、三井高平とゆかりが深いことでも知られる。
2,256坪という広大な敷地を誇り、161の客室のほか「都季(TOKI)」を含めて3つのレストランとバー、SPA を配した、ラグジュアリーなホテルに仕立てている。建築やランドスケープのデザインも秀逸で、三井家が受け継いだ“時の記憶”ともいえる門や景石、灯篭、手水鉢などをモダンな景色として巧みに取り込んでおり、ホテル内を散歩するだけでも楽しいのである。
そのデザインの哲学は、館内でも統一されていて、客室への動線は茶室に向かう路地のように光や色合いまでを巧に演出されているのも心地いい。それは客室の居心地の良さにも通じているのであった。
フランスの粋と京の水が生む“イノベーティブ京都フレンチ”の味わい
さて、私の今回の目当ては、もちろんリニューアルを果たしたばかりの「都季(TOKI)」の料理を味わうことであった。リニューアルに際して掲げたコンセプトは“イノベーティブ京都フレンチ”というものである。文字通りに読み解けば、京都という風土を革新的なフランス料理で表現するということになるのだろうが、その“革新”のありようを中心に、このレストランの味わいどころをお伝えしたいと思う。
その前に、シェフの説明が必要だろう。このリニューアルに挑んだ料理長の浅野哲也シェフは、オランダやフランスの名店で修業の後「リッツ・パリ」に勤務。2017年には、日本人シェフとしては初となる同ホテルの統括副料理長にまで上り詰めた。「リッツ・パリ」はミシュラン・パリ2つ星の「エスパドン」を擁すが、彼はホテル全体の料理を統括していたというから、期待は否応にも膨らむのである。
浅野シェフが「都季(TOKI)」に掲げた新たなコンセプトは“フォン=だし”であるという。フォンとは、もちろんフランス料理の命ともいうべきソースの元となる“出汁”のことである。それを日本料理の味の基本ともいえる“だし(出汁)”に重ね合わせて、美味しさの元から新たな料理を構築していこうというメッセージは、最初の一品が象徴的に物語っていた。
「都季(TOKI)」の料理は、コース仕立てになっているのだが、一皿目は白磁の杯に入った「伏水(ふしみず)の白湯」だった。伏水とは、伏見の酒に使われる伏流水のことで、名水として知られている。桃山丘陵で濾過された清冽なその水は、まろやかで柔らかく、味覚だけでなく心身までもがリセットされるようだった。フォンであろうと出汁であろうと、その源は水である。浅野シェフによると“フォン=だし”というコンセプトのインスピレーションは、この伏水に象徴される京都の「水」にあるという。硬度61という極めてまろやかなこの水は、飲んで旨いだけでなく「出汁」が根幹になる京料理の発展にも大きく関係していると説明してくれた。彼の料理はソースに至るまで、この京都の水で作られているのである。
面白いのは、新たなメニューに、京料理やフランス料理それぞれの技術を用いた多様な出汁が使われていることである。アミューズのスナック三種類には、それぞれ野菜出汁、鰹出汁、鴨出汁が使われていた。味わいの違いを探るのは楽しい味覚体感である。
その意味でいえば「丹波大黒本しめじ 蓮根」と題された椀型の器に盛られた料理は、蓮根餅にキノコの出汁が張られて、まるで京懐石の椀盛のようである。その出汁は、京料理の秘伝の技を応用したと浅野シェフは語るが、しかしキノコの濃厚なドリップ・スープのような味わいは、フランス料理のようでもあった。フランス料理と京料理の技術がおり重なり、緻密な計算で味覚の記憶をオーバーラップさせられるのは、なんとも楽しい感覚である。
その意味で、私がいちばん驚いたのは「向井酒造の酒粕 フォアグラ」の料理であった。見た目こそ味噌田楽であるが、料理の中身は全く違うものであった。田楽に見立て竹櫛に刺さっているのは、フォアグラである。味噌に見立てたのは、京都・向井酒造の伊根満開という酒の酒粕だという。伊根満開は、伊根町で特別栽培された古代米(紫黒米)を原料に作っているが、この味噌には、その酒粕をさらに熟成させた「なれ」をソースに見立て、オリジナルのフォアグラ田楽に作りあげている。味のネタバレになるので、これ以上詳しくは触れないが、実はこのソースは、まるでカカオのような風味がするのである。おそらく、浅野シェフはこの酒粕にカカオの風味を感じ、チョコレートとフォアグラの相性の良さをイメージして、この料理を完成させたに違いない。
そもそも酒粕は、日本酒製造の副産物であり、廃棄される宿命を持っているが、食材ロスという観点からも新たな挑戦を仕込んだ料理ともいえそうである。私がさらに共感したのは、田楽とフォアグラという素材と味わいのコントラストの妙だけでなく、料理のデザイン性の面白さである。この料理は、紫の器に盛られているが、日本料理で紫の器が使われることはあまりない。しかし、紫黒米の酒粕のやや紫がかった味噌ソースに同調させた紫の器は、視覚からも新たな味わいを誘発するのである。
浅野シェフは「時代に合わせた、最先端の味」に挑みたいというが、かくのごとく出汁にはじまり、その表現手法まで、どの料理もよくよく練られて、しかも新しい味わいに挑んでいるのである。「それは、エスコフィエの精神にも繋がると思います」と浅野シェフはいう。エスコフィエは、ご存知の読者も多いと思うが、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの偉大なシェフであるが、ルセット(メニュー)の確立をはじめ、フランス料理に革命をもたらした歴史的な人物であり、パリの「リッツ・ホテル」を作り上げた立役者としても知られる。まさに浅野シェフにとってメンター的な存在でもあるだろう。
そういいながらも、ルセットにこだわらず「京都の地の食材に注目し、食材から新たな料理を考案したい」という浅野シェフが挑戦的な姿勢は頼もしい。進化し続けることが“イノベーティブ京都フレンチ”の味わいどころと私は食後感をかみしめるのである。フランスの粋と京の水が生むイノベーティブ京都フレンチ。ぜひ、みなさまご自身で味わってほしい。
※こちらの記事は2023年04月17日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。