神戸の人気店が手掛ける天ぷらと神戸ビーフの割烹 「麻布十番 真田」が、2023年5月、麻布十番商店街の路地に密やかにオープン。神戸三宮に店舗を構える「天ぷら料理 花歩」の東京店となるエクスクルーシブな大人の隠れ家です。6席のみという贅沢な空間で振舞われるのは、料理長・真田篤史氏が地元兵庫県から携えてきた、選りすぐりの食材を駆使した天ぷら割烹の華麗なるコース。今回は、まだ知られざる食材がたくさんある兵庫の美食を東京に伝えたいという真田氏の思い、店づくりや天ぷらへのこだわりなど、幅広く伺いました。
スポーツ少年が、天ぷらに魅せられるまで
-プロボクサーという異色の経歴をお持ちと伺いましたが、料理の道を志したきっかけをお聞かせください。

小さい頃から料理を作るのが好きで、母親の手伝いをよくしていて、自然と料理を覚えていきました。小学生のとき、初めて一人で作った揚げ出し豆腐が大好評。思いがけず家族にすごく褒められたんです。その嬉しさが原点ですね。ただ、料理の道に進むことを決めたのはかなり後になります。
スポーツ少年だったので、辰吉丈一郎選手と薬師寺保栄元選手の試合を見てカッコよさに感激し、すぐボクシングジムに入りました。18歳でプロテストを受けて合格し、プロとして活動を始めたのですが、3年で引退。もうこれ以上続けてもいい結果は出せないと、諦めたというか。ボクサー時代に養われた“負けるものか”という気持ちが料理人としての今の自分を築いた、とその経験は大切にしていきたいです。引退して自分に何ができるのかを考えたときに、そういえば、料理を作ることが好きだったことを思い出し「料理人になろう」と決めて、21歳で町場の和食屋さんで修業を始めました。
-「ホテルオークラ神戸」に移ったきっかけを教えてください。
「ホテルオークラ神戸」の前には、自分にとって一番親しみがある和食の勉強がしたいと、元酒蔵をリノベートしてチャペルを備え、婚礼にも使われるような大規模な日本料理店に入りました。まず、任されたことは、昼になったら垂水漁港に行ってセリの人が落とした魚介を店に持って帰って捌く仕事でした。神戸の西にある垂水漁港は、県内でも有数の大きな漁港。瀬戸内海や大阪湾の海産物が水揚げされているのですが「昼網」という、仲買人ではなく鮮魚店が直接セリに参加できる独特のスタイルがあるのです。その店では「昼網」の漁をする競り権を持っていたので、仲買を入れず、直接取引で魚介を仕入れていました。そのとき学んだ魚介についての知識や技術がその後の料理人人生に役立っています。
5年ほど経った頃、その店の料理長が「ホテルオークラ神戸」の料理長と知り合いで、人を探しているらしいから大きいところで勝負してみないか、と勧められました。自分も新たな挑戦をしたいと「ホテルオークラ神戸」に移りました。和食全般を扱うホテルですから、八寸など一から教えてもらい、天ぷらもその中の一つでした。500名を超える大人数のための料理、10名のための料理、懐石でも人数によって作り方がまったく変わってくる、そういうことを学べたのはホテルならではですね。
-「ホテルオークラ神戸」では和食全般に携わり、2019年7月に神戸三宮に「天ぷら料理 花歩」をオープン。その経緯をお聞かせください。
「ホテルオークラ神戸」には26歳ごろに入ったのですが、2年ほどして、副料理長に抜擢していただきました。そこから10年ぐらい親方と一緒に仕事をしたのですが、親方が海外の「オークラ」に転勤になったんです。次の料理長にどうか、と話も出たのですが、目標として 40歳ぐらいには自分で店を切り盛りしたいという思いがあって。同じようなタイミングでたまたま知り合ったオーナーと意気投合し「天ぷら料理 花歩」に料理長として迎えていただきました。天ぷらは「ホテルオークラ神戸」の「天ぷら にしき」で鍛えられましたので、天ぷらをメインに、日本各地から仕入れた厳選素材を用いた季節の料理を2・3品出すスタイルの店として出発しました。
レシピもない天ぷらは感覚頼み。誰も揚げない具材に挑む
-自慢の天ぷらは、食材から衣、油、火入れと食材の旨味を最大化するためにそれぞれこだわりをお持ちかと思います。天ぷらにおけるこだわりをお聞かせください。
天ぷらは衣の中で風味を閉じ込める蒸し料理なんです。低い温度でゆっくりと火を通せば、旨味がしっかりとまわるし、高い温度で揚げれば、中身はレアに衣はサクッと仕上がる。揚げる温度や衣の付け方でまったく異なる食べ物になってしまうのが、天ぷらの難しさであり、またおもしろさでもあります。店ごとに揚げ方はさまざまですから、いろいろな天ぷら店を食べ歩くのが一番勉強になります。何度ぐらいでどのぐらい揚げるとこんな味や食感になるのか、そういうことを参考にしながら、今は試行錯誤していますね。
天ぷらは、レシピもないし、個人の感覚頼み。自分の感覚をいかに鍛えて最適な揚がり具合を覚えていくか、練習あるのみなんです。なんといっても大切なのは油です。開業前には、全国の油を試してみて美味しく揚がる油を探し、三重県の太白ごま油に辿り着きました。油の耐久性がとにかく強くて、高温にしても油臭さが一切出ないんです。なおかつ食材の旨味をぐんと引き立ててくれて、美味しさを閉じ込めてくれる。
一番大変なのは、 同じ食材でも日によって水分の量が違うので、温度や時間変えたりする計算ですね。油に入れたときの泡で計るなど、感覚を働かせるしかないので訓練あるのみです。
たとえば、昨日は玉ねぎを1分で揚げたらベストの状態になったから、今日も1分で美味しく揚がる、とは限らないんです。およその揚げる時間と流れはしっかり作っていくのですが、最後の見極めは感覚の判断でしかないんですね。
-いろいろな変わり種を揚げていらっしゃいますが、何をどのように揚げるか、発想はどこからくるのでしょうか。
皆さん驚かれるのは、フカヒレ・うなぎ・鮎・鯛などですね。長野から送られてくる鮎は、エサとなる苔のクオリティの高さが作り出す苦味が格別。育ってしまう前の小ぶりの鮎は天ぷらに最適です。160度でじっくり揚げ、泳いでいるかのような生き生きとした姿で盛り付けます。宮古島の雪塩をまぶし、180度でさっと油にくぐらせた車海老は、皮まで美味しく食べられるようカリカリに揚げます。うなぎは皮が厚いので、皮には衣をほとんどつけずに、身だけに衣をしっかりつけて揚げ、皮目がふやけないように、最後は炭で炙ってサクッとさせます。
大ぶりな紅はるかを丸ごと使ったサツマイモも好評です。デンプンが糖に変わる80〜100度の間で油の温度を調節しながら、およそ3時間揚げ、最後は180度でパリッと仕上げます。しっとり美味しく揚げるために、切って揚げたり、蒸してから揚げたり、いろいろ試してみたのですが、甘みがなくなったり、旨味や香りが少なくなったりと、なかなか完成形に至らなかったんです。
じゃあ、丸ごと揚げてみようか、と試してみたら3時間ぐらいでベストの揚がり具合になったんです。ただ、皮がどうしてもパリパリに固くなってしまうので、皮をうろこ状に剥いて間引きしたら、ちょうどいい食感にすることができました。まるでスイーツのようだとお客様に喜んでいただいています。
具材は常に探していますが、和食にかかわらず、洋食、中華など食べに行った店でおもしろい食材を見つけると、これを美味しく揚げてみたい、と挑戦したくなるんですよね。
シンプルな空間で味わう、知られざる兵庫の美味
-2023年5月に「麻布十番 真田」を東京・麻布十番に開業されました。神戸から東京進出の経緯、東京進出への思いをお聞かせください。
「天ぷら料理 花歩」の味を東京のお客様にも伝えたいという思いが強くなり「麻布十番 真田」を立ちあげました。これまで修業してきたことがどこまで通用するのか、この仕事をやっているからには、頂点を目指したいですよね。一流の料理人として認めていただくためには、東京で成功しなければなりません。料理を評価していただけるようシンプルな内装にこだわり、食事に集中できる空間作りを考えました。黒の扉を開いて店に足を踏み入れると、目に飛び込んでくるのは、今世界中から注目されている日本人アーティストKYNE(キネ)氏のスタイリッシュなアートピースのみ。和の趣をモダンに演出しています。
-「天ぷら料理 花歩」とは一味違う「麻布十番 真田」での食体験について、詳しくお聞かせいただけますか。
お客様がカウンターに座ると、まずは目の前でていねいに出汁をとっていきます。鰹節よりすっきりした味わいを求めて使うのは長崎の鮪節。調味料は一切使わず、引いた出汁のみの香りと味わいを楽しんでいただきます。
予約をいただいてから兵庫産をメインに食材を集めます。もちろん、神戸ビーフは季節によりさまざまな調理法でお出ししていますが、兵庫には多彩な食材があるにもかかわらず、意外と知られていないんです。たとえば、夏でしたら、日本一旨いとも言われている淡路島の由良の磯で海草や藻を食べて育つ赤ウニ。1か月ぐらいしか出回らない貴重なウニで、漁師さんから直接入れています。
今後は、兵庫の生産者さんを回って探した、知られざる絶品食材を東京のお客様に紹介していきたいですね。ワインはブルゴーニュメイン、日本酒は日本各地からの希少酒、アルコールが苦手な方には台湾から直接仕入れる烏龍茶や「ロイヤルブルーティー」を数種用意して、自由に組み合わせるペアリングを料金込みにしています。
コロナがあった中で、プライベート空間で楽しんでいただくことを考えて、元々は紹介制にしていました。ただ、やはり店をやるからには、多くのお客様に来ていただきたい、と考え直し、今は、初めての方でも予約をいただきましたら店を開けています。お客様のリクエストに応じてコースを組み立て、好みの料理を食べていただけるのがこの店の一番の魅力です。
-2023年12月に新業態である「RIO’S KITCHEN」を神戸に開業されていらっしゃいますが、今後挑戦されたいことなどをお聞かせください。
新しいお客様を開拓したい、と価格帯の安い店として「RIO’S KITCHEN」をオープンしました。「天ぷら料理 花歩」と同じビルで展開しており、仕込みを一緒にしているため使う食材は上質です。バンクシーの作品をはじめ、ポップなアートを壁中に配してカジュアルな雰囲気の中、和洋中にこだわらない料理を楽しんでいただける店作りを心がけています。“大人のお子様プレート”をテーマにした八寸にはじまり、串焼きやうなぎ、フランクフルト、一頭買いした神戸ビーフのミニハンバーガーなど旬を活かした遊び心あるコース仕立て。ラーメンや麻婆豆腐などの締めは食べ放題です。気軽に来ていただき「天ぷら料理 花歩」や「麻布十番 真田」にも興味を持っていただけるようになれば理想的ですね。
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真田篤史氏 プロフィール
1978年、兵庫県神戸市生まれ。プロボクサーから、料理の道へ。
地元神戸の和食店に入り、その後「ホテルオークラ神戸」で副料理長を10年ほど経験し、和食全般に関わる。2019年に独立し、神戸三宮にオープンした「天ぷら料理 花歩」の料理長を務める。食材を通して限りなく多くの人に地元の良さを知ってほしいとの思いから2023年5月に東京港区に「麻布十番 真田」をオープン。2023年12月、神戸に新たにオープンしたカジュアルな業態の「RIO’S KITCHEN」を含めた3店舗を切り盛りしている。
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公式Instagram:https://www.instagram.com/azabujuban_sanada_
【編集後記】
カウンターに座ると、まずその日の食材が目の前に出されます。鮮度が良くバラエティに富んだ美味の数々にワクワク感満載のゲストを、出汁を静かに引きながらどんなふうに楽しませようかと考えている真田氏。食べたこともない具材の天ぷらや知られざる兵庫の美味で感動させる料理を、神戸から東京に伝えようとする強い思いが込められたプライベート空間は、今や美食家の間で最注目になっています。いずれ予約難の名店になるのではないでしょうか。
※こちらの記事は2024年10月10日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。