京都「よこい」横井裕史氏に聞く、名店で培った経験とお客様への想いで織りなすこだわりの日本料理とは

2023年12月、京都・烏丸五条にオープンした「よこい」。店主・横井裕史氏は京料理の老舗「和久傳」で研鑽を積んだのち「二条 やま岸」で料理長を務め独立。早くも『ミシュランガイド京都・大阪2024』へ掲載されるなど話題を呼んでいます。今回「KIWAMINO」では横井氏にインタビューを実施。料理人としての原点から、料理やお店づくりへのこだわりなど多岐に渡って伺いました。

寿司職人の父に憧れ、料理の道へ

-まずは、料理人の道を選ばれたきっかけについてお聞かせください。

よこいの店主・横井裕史氏

寿司職人の父への憧れが僕の原点です。小さい頃から、寿司屋のカウンターの端に座って、父の姿を見てきました。料理人って労働時間も長いし、土日も仕事だったりするので、なかなか一緒の時間を過ごすことが難しい部分があって。父に会いたいなという気持ちで、自宅から1キロくらいの距離にあった仕事場に行っていましたね。

実際、父が「どうだ、俺の料理は」といった感じで自己表現をしている姿や、お客様・スタッフと接している姿がかっこよかったんです。さらに、お客様が向こうから来てくれて、食べている間は「美味しい、美味しい」と嬉しそうな顔をしていて。すごく幸せな空間だな、というのを幼いながらに感じ、この仕事をしたいと思っていました。

-和食の道を選ばれたのはどのようなご理由からでしたか。

それも父の影響が大きいです。実は、最初は寿司屋になりたかったんです。身近で相談するのが父でしたから、はじめ寿司屋になるにはどうしたらいいんだろうという話を父にしたら「まず家を出なさい、実家では修業はさせません」と。外の釜の飯を食べて、社会の厳しさを知るように言われました。さらに今後は、ただ寿司を握れるだけではなくて、煮炊きをやったり、おつまみを出せたり、和食の基礎となるものがないと通用しないだろう、という話をしてくれました。そこで、まずは土台づくりのために、京都で和食の勉強をするのがいいだろう、と京都に行くことを決め、関西の専門学校へ進みました。

-「和久傳」グループでの修業時代について、印象に残っているエピソードをお聞かせください。

専門学校卒業後に「高台寺 和久傳」に入り2年半程勤めましたが、実際とても厳しい日々でした。そのときはほぼ毎日辞めたいと思っていて、料理を続けていくか悩んでいました。やっぱり朝から晩まで仕事ですし、休みも月に1度しかない。横を見れば同級生が8時間労働で土日休みで……。隣の芝は青いじゃないですけど、羨ましい部分もありましたね。ただそんなときも父から言われた「男は遅咲きの方がいい」とか色々な言葉を胸に留め過ごしていました。

実は、僕は3回夜逃げをして連れ戻してもらった過去があるんです。その3回目のタイミングで、師匠でもある当時の料理長さん が気に掛けてくださって、道を正してくださいました。やっぱりはじめのうちは、包丁も握れないし、叱られることの方が多いんです。仕事としても買い物や洗い物が多かったので、自分が料理を作っているという実感は全くなかった。

ただ3年目で初めてその方と一緒に仕事をした際に「刻みものをやってみろ」と言ってくださって。 すごく緊張して手が震えながら刻みものをして、今思うと下手くそやったと思うんですけど「上手やな」と褒めてくださって。毎日辞めたいと思っていましたけど、この人に師事していきたいし、改めて料理が好きだったと再確認しこの仕事を続けていきたい、と自分の道が改まりました。

料理長としての経験を積みながら、独立へ

-その後は、どのような修業時代を過ごされていたのでしょうか。

3年目が終わったくらいの頃に「和久傳」の物販部門に異動しました。お菓子やおもたせなどを開発する部署で、宅配やお持ち帰り商品に携わっていました。

そのあと24歳のときに、師匠からお呼び出しを受けて、今は撤退してしまったんですが、当時名古屋にあった「紫野和久傳ミッドランドスクエア店」に料理長として行ってこいと言われました。ただそのときは、賄いしか作ったことがなくて、魚を触ることもほぼなかったし、もちろん味付けをしたことや、献立を立てたこともなかった。ただ、師匠が「あんたはできるから大丈夫や」と。2週間後に行けと言われたので、その期間でみっちり鍛えていただきました。また、鶴の一声で2年半程名古屋の「和久傳」に行かせていただいて、その経験も大きかったですね。

-文字通り、大抜擢だったんですね。

ブーイングもありましたけど、師匠の顔に泥を塗るわけにはいかない。僕より料理は上手い人はたくさんいたけど、自分なりに何ができるのか、何が武器なのかと思ったときに、若さと愛嬌で勝負だと思って。自分は経験もないけど、とにかく来てくださったお客様を笑顔で迎えて愛想よくやろうと、それしかなかったです。師匠は月に1度現地に来てくれて、試食をして様々なことを教えてくださいました。その約2年半、最高売上を更新し続けられたのは嬉しかったですし、かなりきつかったけどやりきれて良かったことですね。

-そこから独立されるまでの経緯をお聞かせください。

「和久傳」グループには計8年お世話になりました。それから和久傳ご出身の方のお店「木山」を経て「富小路 やま岸」の姉妹店「二条 やま岸」で料理長を務めました。「二条 やま岸」をオープンして半年も経たないくらいでコロナ禍になってしまったんですが、そこで「和久傳」の物販部門での経験が活きましたね。物販商品を次々と出せたので、それで安定的に売上を伸ばすことができました。今だとある程度当たり前になりましたけど、当時一料理屋がおもたせをするということはまだそこまで多くなかったので「やま岸」グループ代表の山岸隆博さんも評価してくださいました。

32歳で入らせてもらったときから「いつからは独立したい」と話はしていました。そのためには実力を上げるとともに、他も知った方がいいという山岸さんのご厚意で、月に1度はよそのお店に食べに行かせていただいていました。そこで、他のお店の料理や設えを知り、自分の強みや不足を俯瞰して見ることができたので、それも大きかったですね。

-料理長としてのご経験を積まれながら、自己研鑽をされていらっしゃったんですね。

そうですね。コロナが落ちつくとともに、ご常連として来てくださるお客様も日に日に増えていったので、自分の料理に手ごたえも掴んでいきました。具体的に何歳で独立すると決めていたわけではないのですが、色々なタイミングも重なり、独立の1年前くらいには退社に向けて山岸さんにお話をしたり、後任を見つけて仕事やお客様の引継ぎなどを行ったり、三方良しで次に進められるように準備を行いました。

全てはお客様の満足のため、こだわりの空間づくり

-2023年12月に「よこい」をオープン。お店づくりへのこだわりはいかがでしょうか。

このお店は、築180年の町家を改装した風情ある空間になっています。独立する際に、企業理念なるものを掲げまして “お客様にリラックスした状態で食事をしていただくこと”を大切に、居心地のよい空間を造りたいと考えました。素敵な棟梁との出会いもあって「僕が終わったあともこの建物が100年、200年と続くような状態に残そう」と話をしながら、建物の改装をしました。

“玄関で靴を脱いでいただく”ということもこだわりです。お客様にノンストレスで過ごしていただくために、靴を脱ぐか脱がないかって、大きな要因なんですね。女性や外国の方には抵抗があるかと思い、迷った部分もあったのですが、その方々にも「なるほどね」と思ってもらえるように工夫をしました。客席の床は名栗を使って少しぼこぼこしたものになっていて、足を踏み入れた瞬間、靴を履いていたら分からない非日常的な感触を楽しんでもらっています。

元々は20坪くらいの店舗を考えていたのですが、結果としてここは約70坪あるんです。2階は、色々な器とかを置いているのでお客様のスペースではないんですけど、1階だけでも約50坪あって、空間を贅沢に使っています。玄関も広いスペースを確保していて、ゆったり靴を脱いでいただけますし、席の間隔も広いので、出入りもスムーズにできる。何不自由のない空間を目指しました。

-大変細かい点まで考え抜かれていますね。

勉強のために何店舗か食事に行かせていただいていたので、自分が感じた心地よい空間、心地悪い空間などを細かい点までメモをしていました。それを全部棟梁にぶつけて、とにかくお客様ファーストを目指して空間づくりをしましたね。

季節の素材の組み合わせで魅せる「よこい」の料理

-「よこい」ならではの料理の特徴・魅力とは、どのようなものでしょうか。

出身地は静岡ですが、修業は京都でしてきているので、料理のベースは京都にあって、修業先で習ってきたように、素材の良さをしっかり出すということが大前提です。

あとはオープンしてから「お客様が何を求めて来てくれるのか、どうしたらリピートしてくださるのか」を日々考えてきました。そのなかで辿り着いたのが、コースのなかで色々な種類のお茶を提供するということ。座付きで最初にお出ししているのが「深蒸し茶」。これは冬だったら温かいものですし、今の季節ならお店で出る井戸水で水出しにしたものです。2種類目は、お椀の前に「茎茶」を出しています。食事中はお酒を飲まれる方もいらっしゃいますけど、お椀は和食のなかでも最も繊細で、開けた瞬間の香りや1口目の印象が大事なので、状態をフラットにするためです。「茎茶」は旨味も強く、余韻が残るお茶なので、口を洗っていただいてリセットするとともに高揚感を高めてお椀に進んでいただいています。3種類目は、ごはんの前に「抹茶玄米茶」を。玄米の香りは、食欲を増すのでね。この3種類は全て静岡産のものでお出ししています。

加えて “素材の組み合わせ”で勝負をしたいと思っています。昨今、価格高騰が止まらないので、例えば鯛一つをとっても、いちばん良いものだけにこだわると、価格も高くお客様への負担も掛かりますよね。上中下だと中ぐらいの鯛でも、食材の組み合わせ次第で上の鯛より美味しくなると思っているし、それが僕やスタッフの肥やしにもなる。お客様の食体験としても満足度が高まると思うので、それは意識をしています。

-その他の仕入れ食材へのこだわりをお聞かせください。

野菜は、鮮度が落ちるのが早いのでなるべく京都産・地のものを使いたいです。これからは野菜を上手く使いたいと思っているので、重きを置いています。魚は産地直送ですね。これまでの経験のお陰で、信用できる業者さんとの繋がりが築けているので、全国から良いものを仕入れています。

-出汁は、料理を作るうえで欠かせない要素だと思います。出汁に使用する素材や水などへのこだわりをお聞かせください。

出汁には「市比賣神社」の湧き水を使用しています。深井戸で比較的安定しているので、毎日水を汲みに行っています。昆布は4年間蔵囲いをした利尻産の昆布を使っています。昆布出汁は約3時間掛けてゆっくり引いていて、1時間半水出しして、残り1時間半はゆっくりゆっくり弱火で旨味を出していくという作業ですね。そこから営業の10分前くらいには、急冷して香りを閉じ込めるイメージです。

-おもてなしをされるうえで大切にされていることや、こだわりをお聞かせください。

一見さんでも常連さんでも同じように満足して帰っていただくこと。言葉で言うのは簡単ですけど、実際にやろうと思ったら難しくて、でも全員に共通してそうあろうとしています。色々なタイプのお客様がいらっしゃって、人間ですからなかには相性などもあったりしますけど、そんなときは女将と連携しながら接客をしています。

-女将さんにもお話を伺いたいのですが、いかがでしょうか。

(女将)営業がスタートする前に着物に着替えますが、その際に必ずスイッチを入れています。お客様がいらっしゃった際には、私たちの掛け合いを楽しみに来られている方も多いので、その空気づくりも大切にしています。おもてなしと言うと、難しい感じがしますし、こうしないといけないとか考えがちですが、私はシンプルに「自分がしてもらって嬉しいことをする」という考え方です。それがいちばんのおもてなしかなと考えています。

-お酒やドリンクへのこだわりはございますか。

(女将)大体毎月1日に献立が変わるんです。それを必ず試食させてもらって、自分なりにこの料理にはこのお酒が合うというものをセレクトしています。実際には、コースのなかでそれぞれの料理に合うお酒を少しずつの量で、色々な種類を飲んでもらえたら嬉しいです。ゆっくり飲まれる方だったら、2品3品くらいで同じお酒を飲まれたりもしますけど「この料理ならこのお酒の方が合う」と思う部分もあるので、1口分くらいの少な目の量をお出ししてご提案することもあります。

更なるお客様の満足度を追求し、進化を遂げていきたい

-『ミシュランガイド京都・大阪2024』へのご掲載おめでとうございます。感想や想いをお聞かせください。

両親や地元の方、お世話になった方々などが喜んでくださるのがいちばん大きかったですね。スタッフの背後にいる両親や友人にも「こういうところで働いているんだよ」ということを伝えられる分かりやすいものでもありますしね。あとは、ミシュランに選んでいただいたことで、海外の方もそうですし色々な方の目に留めていただいて、裾野が広げられたのも良かったです。

-現在挑戦されていることや、今後取り組んでみたいことはございますか。

まずは、目の前に来てくださるお客様の満足度を上げていきたいというのがいちばんです。お金を稼ぐのも、器をよりいいものに変えたいとか、絵を置きたいとかっていうことがあって、お店を良くしていくため、ひいてはお客様に喜んでいただくためですね。それが僕にとっての幸福です。あと、実はお客様と接している時間って1日合計で約5~6時間とすごく少なくて、それ以上に一緒にいるのってスタッフたちなんです。朝から晩までいてくれるスタッフが良い顔で働いていてくれるかそうでないかは、僕にとって大きなことです。なので、今後よりスタッフの満足度も上げていきたいです。それがお客様の満足にも繋がっていくと思っています。

さらに言うと、この物件・敷地でまだ余力があると思うんです。スタッフが育ったり、お客様が付いてきてくださったりしたら、別の場所でもう1軒やるとかではなくここでの可能性に挑戦していくのが楽しみでもあります。

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横井裕史氏 プロフィール
1987年生まれ、静岡出身。専門学校卒業後、懐石料理「高台寺和久傳」「木山」などの名店で研鑽を積み、2019年から「富小路 やま岸」の姉妹店「二条 やま岸」にて開店から料理長を務める。計18年間の修業を経て、2023年秋「よこい」を開店する。
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https://kyo-yokoi.com/

【編集後記】
寿司職人のお父様への憧れをきっかけに、この道に進まれた横井氏。一つひとつの質問に真摯にお答えくださり、料理やお客様に対する想いがひしひしと伝わるインタビューとなりました。リラックスできる空間でいただく「よこい」ならではの食体験を求めて、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※こちらの記事は2024年10月11日更新時点での情報になります。最新の情報は一休ガイドページをご確認ください。

Kanaka.S

ウェディング業界を経て株式会社一休へ。一休.comレストランの営業として約200店舗を担当した後、編集部へジョイン。演奏家の父の影響で幼い頃から舞台芸術に触れ、自身も“人に感動に届ける仕事をしたい”という想いを持つ。プライベートでは、好きなエリアのレストランを開拓して、お気に入りを見つけるのが趣味のひとつ。皆さんの“こころに贅沢な時間”に繋がりますように、素敵なレストランの魅力をたっぷりとお届けいたします!

好きなお店:HOMMAGE・渡辺料理店・Lol.
気になるお店:apothéose・CIRPAS・オトワレストラン・鎌倉 北じま

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